1998年5月24日対阪神8回戦@甲子園  10.19の悲劇のエース、横浜で再び先発へ


10・19の悲劇のエース再び先発へ
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【スタメン批評】
(ベイスターズ)
ローテの谷間のベイスターズは権藤監督が獲得を強く希望した近鉄時代の愛弟子阿波野が3年ぶりに先発
それ以外の打順は前日と変わらず固定
(タイガース)
先発は新外国人のダリル・メイ。前日の新庄に代わり開幕戦2番だった檜山を7番に起用
大豊・ハンセン・パウエルに復調の兆しが見えない
【試合経過】
ベイスターズ先発阿波野は初回こそ無失点で3年ぶりの先発を幸先良くスタートを切るも
2回ランナー2人を置いて檜山にスリーランを浴びて3失点
結局権藤監督は3回3失点で阿波野をマウンドから降ろす
ベイスターズは4回に好調谷繁の7号ツーランで同点に追いつく
すると4回裏からは“第2先発”として斎藤隆が甲子園のマウンドへ
5回に坪井に勝ち越しタイムリーを浴びるも4イニングをその1失点で抑えて
先発復帰最終テストと位置付けられたこの登板で結果を出す
試合は7回に石井琢朗の1塁ゴロが阪神のまずい守備で一気に打者走者の本塁生還を許し同点
そしてこの回に駒田、畠山の連続タイムリーで逆転
9回は3連投の佐々木が3人で抑え勝利。球団は20年ぶりに甲子園3連勝を記録
勝ち投手になった斎藤隆はこの日の好投で5月31日の先発復帰が決まった

 

“PlayBack’98特別コラム-あの時あの星たち-”
98年5月24日号「ベテラン便利屋が生える時」

-「便利屋」と呼ばれるベテラン投手-
ここ近年のベイスターズを振り返ってもそう呼ばれる選手を毎年あげることが出来る
2015年シーズンでいえば【長田秀一郎】、2014年シーズンでは【林昌範】
リードした場面で登板することもあれば、同点やビハインドのケースで投げることもある
そして時には、先発が大崩れした時に敗戦処理を任されることも…
それでも彼らは文句を言わず黙々と肩を作り、急な登板にも対応する
苦労が多い役割でありながら勝ちパターンに登板する守護神やセットアッパーほど賞賛を受けることはない
それでもこういった投手達がいなければ首位だろうと最下位だろうと
チームはシーズンを1年間戦えることができない
1998年、この便利屋を担当したのは移籍1年目のかつての悲劇のエースだった

-10・19悲劇のエース-
1988年10月19日川崎球場
10年後、川崎球場をかつて本拠地にしていた球団が横浜で日本シリーズ第2戦を戦った日
全プロ野球ファンが近鉄、ロッテという当時は不人気だったチームの死闘に注目していた
ダブルヘッダー2連勝で優勝は近鉄、それ以外は既に全日程を終えている西武ライオンズの優勝
清原、秋山、工藤、渡辺久信などといった名選手達の力で黄金時代を築いていた森西武の優勝に辟易していた
ライオンズファン以外のプロ野球ファンは近鉄を贔屓目に見ていた
このダブルヘッダー、近鉄が連勝するには2年目のエースに頼る必要があった
しかし、そのエースはここまで27試合に先発登板そのうち14完投
さらにこの2日前に先発として1試合1人で投げ切っていた
当時の近鉄の指揮官仰木はピッチングコーチ権藤に
この日のダブルヘッダーの内1試合阿波野を先発として登板させられないか尋ねる
現役時代自らも登板過多で肩・肘を壊した経験のある権藤はこう答えた
「先発は無理です。投げるならどちらか1試合リリーフで。それだけは守って下さい」
プロ2年間で37完投をしている投手を大事なところであってもこれ以上無理はさせられなかった
しかし、指揮官は投手コーチの忠告を破り2試合共にリリーフで登板させ
2試合目にロッテ高沢に本塁打を浴び、近鉄は優勝を逃す

-悲劇のエースが落ちた地獄-
10.19川崎球場の悲劇の1年後近鉄は見事にリベンジを果たしパリーグ制覇
3年目を迎えたエースは19勝をあげて優勝に大きく貢献した
しかし、このシーズンを最後に阿波野は本来の投球ができなくなる
翌90年シーズンは二桁勝利をあげるも防御率は前年の倍の4.63
プロ入り4年間で68個の完投をしてきた肩・肘に疲労が蓄積しない方がおかしかった
5年目以降は先発として登板することも減り
8年目のシーズンではプロ入り初めて1勝もあげることが出来なかった
その1994年のオフ、巨人に移籍する
長嶋巨人での復活が期待されたが、話題性はあったものの巨人在籍3年間で1勝もあげることが出来なかった
いつ戦力外をつきつけられてもおかしくなかった1997年12月かつての師匠権藤博が横浜の監督に就任すると
「燃え尽きた感じがしない」と阿波野を永池とのトレードで獲得
既に峠を過ぎた投手をトレードで獲得したことにファンの反感もあったが
阿波野は「横浜を死に場所に」選んだ

-優勝する喜びと逃した悔しさを知るベテラン便利屋-
「近鉄時代の阿波野を思い出せ」
指揮官権藤にそう言われた阿波野は敗戦処理としてワンポインとして
与えられた役割に文句を言わずブルペンで黙々と肩を作りマウンドに立ち続けた
そして5月6日対巨人5回戦で5年ぶりに勝ち星をあげ
「まだ野球をやめないで良かったな」と話す阿波野は近鉄時代のエース阿波野の顔になっていた

5月24日甲子園
先発のマウンドに4年ぶりに阿波野が立った
ローテションの谷間であったため“第1先発”として当初から3イニングのみの予定だったが
誰もいないマウンドで堂々たるピッチングを魅せてくれた
この年先発登板したのはこの1回限りであったが、リリーフで49試合登板した阿波野の勇姿は
10.19川崎球場で投げたエースの姿と何も変わらなかった

“便利屋”として98年のシーズンを戦う阿波野は
88年に優勝できなかった悔しさと89年に優勝した喜びを知るベテラン投手だった

それは1997年に後1歩で優勝できなかったベイスターズの選手には生きた教科書になったことだろう

【試合結果】
ベイスターズ6-4タイガース@甲子園
勝:斎藤隆 2勝1敗
負:竹内  1勝3敗
S:佐々木 10S
観客動員:26,000人
試合時間:3時間1分

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