1998年という夢だった年に…


本日の記事はコラムでもない、選手紹介でもない軽い記事を

現在当ブログでひちつの大きな柱としているPlayBack’98
1998年のベイスターズの全試合(開幕戦4月3日~)を振り返っている
何とかあの10月8日まで飽きずに記事を更新していきたいと思っている
また、twitterではhttps://twitter.com/Y_Kaiseikai「1998年の今日は何の日」をテーマに連日
98年のその日の出来ごとを毎日つぶやいている

そこで本日は野球記事を少しお休みして1998年の出来ごとを簡単に書きたい

1998年
翌99年がノストロダムスの予言が控えていたこともあり“世紀末”の雰囲気が日本を襲っていた
前年97年には山一証券が倒産
バブル崩壊の経済不況の長いトンネルから抜ける道は見えなかった

そんな暗い話題を消すように
2月には札幌五輪以来の日本での冬季五輪が長野で開幕
スピードスケートの清水、スキーモーグル里谷の金メダルで幕を空け
スキージャンプでの連日のメダルで大いに盛り上がる

3月には春の選抜大会で横浜高校が優勝
6月にはサッカーフランスワールドカップで日本が初出場
スポーツの力が日本を盛り上げてくれた

この年の音楽の年間トップ5は
1位:誘惑 GLAY
2位:夜空のムコウ SMAP
3位:my graduation SPEED
4位:タイミング   ブラックビスケッツ
5位:SOUL LOVE  GLAY
90年代中盤から音楽界をひっぱていた小室楽曲がついに年間トップ10からも消え
ビジュアル系も含めたバンド音楽がまた音楽界を席巻するようになる
アルバムではB’zのベストアルバムが500万枚を突破している
ちなみにこの年のレコード大賞はglobeの“wanna  be  a  Dreammaker”

映画では
「タイタニック」、「ディープ・インパクト」、「メンインブラック」をはじめ洋画に勢いがあり
その一方で邦画がすたれていた時代
その中でドラマから映画になり、大ヒットしたのが「踊る大捜査線」この年の配給収入トップ2に入る
その踊るもヒットしたフジテレビでは、「めざましテレビ」の司会が八木亜希子から小島奈津子に交代
ドラマでは「ショムニ」「GTO」などヒット作を連発させていた

98年の下半期も日本や世界は“世紀末”臭いはしていた
8月31日には北朝鮮がテポドンミサイルを発射、三陸沖に着弾する
北朝鮮との緊張状態は17年たった今も変わらない
北アイルランド問題をきっかけにティロン州でオマー爆弾テロ、29人死亡

下半期のスポーツ界
横浜高校が春に続いて夏の甲子園も松坂を擁し優勝する

しかし競馬界では悲しいニュースが
「飛ぶように走る」と言われたサイレンススズカが天皇賞秋で単勝1.1倍の人気で臨んだレースで
快調な逃げをみせるも直線前のコーナーで競争停止、予後不良
その様子を「沈黙の日曜日」と実況したフジテレビのアナウンサーのフレーズが競馬ファンには今も残っている

サイレンススズカと同じ頃映画監督黒沢明も死去
5月にはX JAPANのhideも亡くなる

 

そして世紀末のプロ野球は
その名に相応しい?かのように
あのチームが38年に一度の偉業を成し遂げる

 

 

 

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