1998年5月26日対広島9回戦 7-5○ 最後の鯨三浦の夢を笑うな! 


20150526:ベイスターズ勝利(^O^):
この記事は1998年のベイスターズの試合を振りかえるPlayBack’98です

【スタメン批評】
(ベイスターズ)
ローズは不調でスタメン落ち、代わりにこの日は前年規定打席不足ながら3割を残した川端が先発起用
先発若手三浦はここまで3勝3敗と少し波がある
(カープ)
1番野村から7番浅井まで一発がある打線、ここまで首位を走る一番の要因はこの破壊力ある打線
先発は1996年新人王の山内だが今シーズンは安定感がない

試合経過
ベイスターズは2回にチームの本塁打王谷繁の8号ソロで先制
3回にも2打席連続となる9号3ランで3点、さらに5回には駒田、畠山そして川端にタイムリーが生まれ7得点
5回終わり7点という援護をもらった三浦は7回を9三振、エラーがらみの失点だけでマウンドを降りる
9回は五十嵐が2本のヒットで無死1,2塁のピンチを作り佐々木が登板
佐々木も琢朗の失策と谷繁のエラーで2点を許すも、最後は代打高山を抑えて勝利
この日の勝利でベイスターズは5連勝で2位浮上

“PlayBack’98特別コラム-あの時あの星たち-”

1998年5月26日「最後の鯨戦士、背番号18が初めて経験した本当の優勝争い」

-もう、鯨の味を知っているのは1人だけ-
2016年4月25日、横浜DeNAベイスターズは5月10日からの中日ドラゴンズ戦そして6月の日本ハム戦で
選手が横浜大洋ホエールズのユニフォームを着用して試合に臨むことを発表した
その記者発表の席では大洋ホエールズ最終年に生まれた2年目の山崎康晃と共に
記者発表に出席した三浦大輔はかつて着用していた懐しい横浜大洋のユニフォームを着て
「このユニフォームを着る試合の時は1軍のマウンドにいたいですね」
現役選手で大洋のユニフォームを着た選手は三浦大輔一人

大洋最終年最終試合の1992年10月、遠藤の引退試合で初めて1軍デビュー
背番号46の青年は「将来は絶対に18番をつける」と意気込んでいた
彼は今年でプロ25年目を迎える

三浦はシーズン前目標を聞かれると必ずこう答える
「ベイスターズの優勝」
この10年のベイスターズの惨状を見れば他チームのファンからすれば冗談にしか聞こえないだろう
しかし、彼はその不可能な夢を18年前に叶えた功労者である

-「今年の開幕投手は俺がやる」―
1998年のキャンプで記者の質問に三浦はこう宣言していた
『俺が開幕投手をやる!』
本人だけではなく、記者もファンも三浦が98年の開幕投手になるだろうと予想していた
前年のシーズン10勝をあげ、完投もチーム1の4個
2勝目から10勝目まで9連勝
終わってみれば10勝3敗と貯金も7つ作り、オフには念願であった背番号18をゲット
年齢も25歳、若いエースに新指揮官権藤も期待をかけていた

しかし、2016年とは違いこの年のベイスターズ投手陣には役者が揃う
ベテラン左腕で2年連続二桁勝利をあげる野村弘樹
前年2桁勝利をあげたサイドスローの若きヒーロー戸叶
新人王を争いを演じた2年目川村丈夫
怪我明けのかつてのエース斎藤隆が先発に復帰できないほど開幕投手候補がいた

それだけ役者が揃えばオープン戦は調整の場ではなく結果が求められる
そのなかでも結果を残し続け三浦はオープン戦最終戦で開幕候補のライバル川村、野村らと登板し
そこで指揮官権藤は3人の前で開幕投手を発表した
しかし権藤の口から発表された開幕投手は2年目の川村丈夫だった
(参考記事:PlayBack’98 4月3日対阪神1回戦 伝説の1年はここから始まった

-開幕投手を外された悔しさをバネに粘りが-
権藤から、川村を開幕投手にすることが告げられるとその悔しさをバネに
三浦は98年最初の登板となった開幕2戦目を白星で飾ると
これまでのスピードボールに頼らず(当時の三浦は直球も今より速かった)
変化球、特にカーブを主体に打者のタイミングを外し三振を奪う投球スタイル
コントロールも前年より抜群にさえていた
まあ立ち上がりが悪かったのは、この時も今も変わらないが…

この5月26日の広島戦も三浦の投球は冴える
冒頭のスコアボードを見てもらえばわかるように
当時の広島カープ打線は何億もつぎ込んで他球団の4番打者を奪ってきた巨人よりも迫力があった
4番江藤を前田、金本が挟み6番には緒方が座る
この打線を三浦はカーブを多投しタイミングを外し抑えていく
特にその4人から合計6つの三振を奪う(前田1、江藤2、金本1、緒方2)
この6人に許したヒットも緒方の1本のみ
前年から「ハマの番長」と呼ばれ、豪快なイメージも付きそうな三浦だが
この時25歳でありながら頭で打者と対戦していた

三浦はこの日の勝利で4勝目をあげこの時点でチームトップの勝ち星に
1998年三浦は夏場に肝機能障害で一時的に戦線離脱するもシーズン終わりまでに12の勝ち星を積み上げる
チームの優勝に大きく貢献することになる

-三浦の「優勝したい」という台詞だけは笑うな-
それから18年の月日がたった
かつての優勝を共に味わった仲間達は皆ユニフォームを脱いでいる
あの年以来三浦は優勝の美酒を味わえていない
それでも毎年変わらないことがある
それはシーズン前その年の目標を聞かれる三浦が答える

「優勝、それだけ」
チームが5年連続最下位に沈もうと、前半戦首位から最下位に転落しようと
三浦だけはこのチームの優勝を信じている

はっきり言おう
三浦以外のベイスターズの選手が「優勝したいです」と言っても私は何も思わないし、鼻で笑っている
石川だろうと山口だろうと、喩えそれが日本代表4番の筒香だろうと…
彼らには言葉に重みがない
しかし三浦大輔という人が「優勝したい」という言うと本気で信じてしまうし、鼻で笑うことなんかできない

もし私が

プロ25年間
このチームのユニフォームを着続けている功労者の言葉を
笑うことをしてしまえば

それは
ベイスターズファンであることを放棄することと同じことであるから…

【試合結果】
5月26日対広島9回戦@宇部
ベイスターズ7-5カープ
勝:三浦4勝3敗
負:山内1勝2敗
S:佐々木11S
観客動員:20000人
試合時間:3時間34分

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