ベイスターズ 2代目背番号3 古木克明 松坂の外れ1位が夢見た世界


この記事は背番号別歴代選手紹介です

横浜優勝1998年のドラフト1位選手

ベイスターズが優勝した1998年
ある高校生の進路が注目されていた
この年春の選抜、夏の大会を全国制覇し、ベイスターズと共に“神奈川の年”を盛り上げた主役
横浜高校のエース松坂大輔
ドラフト前の記者会見で「希望は在京セということで」と話した
松坂の指名を明言した球団でセリーグは横浜ベイスターズのみ
この年首位打者を獲得した鈴木尚典、まだ駆け出しの多村仁・紀田彰一、中継ぎの横山
また、逆指名でこの年のドラフト2位での指名が内定している矢野も横浜高校出身
松坂がこの球団を希望する理由も頷ける
しかし、日本ハム・西武といった球団も指名の強行を決めていた
さあ、ドラフトの当たりくじはどこが引くのか
そんな不安と期待が入り混じるドラフト当日、スポーツ新聞に小さくこんな見出しがあった
「横浜、松坂の外れ1位はダイエー希望の古木指名へ」
松坂が外れることを考えたくなかったベイスターズファンにはその記事には目が届かなかっただろうが…
今日は高木豊の後に背番号3おつけた古木克明について背番号3時代を中心に書いていく

 

空白の5年間を経て誕生した背番号3のルーキー

高木豊が球団を去ってから背番号3を付けるベイスターズの選手はいなかった
しかし長らく空き番になっていたこの背番号をつける選手が1998年のドラフトで指名される
それが松坂大輔の外れ1位で指名された古木克明だ
ダイエーからの指名を希望し
高校時代のライバルである松坂の外れ1位指名に不快感を示した古木
外れ指名を受けた直後
「松坂の外れ1位というのが…」と会見で応えた古木

古木は豊田大谷高校で高校通算52本のホームランを放ち、プロ注目の逸材だった
1998年優勝したベイスターズは「マシンガン打線」と打撃陣は強力と謳われたが
ホームラン数は少なく、4番のローズの19本がチーム最高
唯一、いなかった大砲選手が欲しかったベイスターズは松坂の外れ1位に古木を指名した

外れ1位を嫌った古木の下へ、当日入団挨拶に言った権藤監督
この早い対応に甚く感動した古木はベイスターズへの入団に心は動かされた
そして球団からは5年間空き番号になっていた背番号3を与えられた
入団会見で目標の選手を「ル―ゲーリック」
対戦したい選手を「巨人桑田」
そしてプロでどんな選手になりたいかという質問に
「当たり前のことを当たり前にできる選手になりたい」と答えた古木
数年後当たり前のことを「あっーと」とやってしまう選手になるとは本人も思っていなかっただろう

重かったベイスターズ背番号3

順風満帆に高校までの野球人生を送ってきた古木にとって、きっとプロ野球でも成功すると思っていただろう
残念ながら、そう簡単にはいかなかった
当時の古木はサードを守っていたが
1999年のベイスターズのサードには進藤という守備の名手がいる
また、この年にはアルキメデス・ポゾという助っ人外国人も入団した
古木が1軍の舞台ですぐに活躍できるほど甘くはない
球団も焦らず、ファームでしっかり土台作りに時間をかける育成を心がける

1年目のシーズンはファームで56試合に出場して本塁打は5本
横浜スタジアムで行われたフレッシュオールスターにも出場し、MVPも獲得した
この年からファームは「湘南シーレックス」に名称を変更したこともあり
「2度とシーレックスのユニフォームを着たくない」と話す古木は2年目には1軍定着を目指した

2年目の2000年はファームの試合97試合にほぼフル出場、本塁打10、打点43と打撃は問題なかった
ところが内野の守備には目も当てられない状態で、草野球でもお目にかかれない拙守を連発
3年目からは外野手登録に変わる
ファームでは打率.272で本塁打10 打点50と結果を残したたために
1軍に昇格すると9月29日の広島戦で黒田から犠牲フライでプロ初打点を記録した

しかしファームで結果を残すものの1軍での出場は3年間で7試合7打数のみ
まだプロ初安打も残せていない

ライバル松坂は既に球界を代表する選手として2000年のシドニー五輪では
プロ・アマ合同チームの代表選手として参加
他の松坂世代の選手達も頭角を現してきたる中で3年目とはいえ
まだ2軍生活が続く古木のフラストレーションはたまっていく
そして2001年オフ、ベテラン石井浩郎の移籍も重なり
古木は自らの希望もあり、背番号を3年間つけてきた3から「33」に変更する

この背番号33になった古木はプロ野球の天国と地獄を経験し
それはプロ野球人生だけではなく、人生そのものの浮き沈みも味わうことになる

松坂世代の最強スラッガー古木の背番号33時代についてはまた後日語ることにする

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  1. ブログ管理者様は昨日の試合を避けられましたですか。 語る価値もないと判断されるのも当然ですが、失礼して、昨日の試合のことをボヤかせて頂きます。 (古木も思い入れがあった選手なのですが)

    選手会長やクリーンアップがあのザマじゃ相手にナメられても仕方ないですね。 自分で自分を追い込んでしまって、心に余裕がないと感じました。

    まず、山口! 相手投手がいくら調子よくたって、自分の出来るベストのピッチングをすればいい。 それで負けたら仕方ないじゃあないか。 5回投げて4回も先頭打者を出している。 それも2回は四球で。 これじゃあローテーション投手失格だ。 昔、阪神江夏投手がバッタバッタと三振の山を築いていたのに対して、我が平松投手は華麗なフォームで黙々と内野ゴロの山を築いていった。 どちらが勝ったかは忘れたが、さすがにどちらも大エースだと感動したね。 君を比べものにならない2人と比べようとしているのではない。 山口なりのピッチングをすること。 それがファンに対する仕事なんだよ。

    次は、梶谷! 6回1点差0アウト1・3塁の場面。 泥んこグラウンドの上に相手は1点は諦めてゲッツー体制。 ピーゴロ以外のゴロさえ転がせば何とかなることは君にも解っていたはず。 「低めの球をねらおう。」又は「俺のアッパースイングではゴロは難しい。外野フライをねらおう。」とでも考えたのだろうか、低めの球をひっかけてサード小フライ。 何度も見たような光景。 年俸8000万も貰っている選手なのだから、あそこでもう少し落ち着いて考えてくれないだろうか? 例えば、君が若蔵だった頃、送りバントはからっきし下手だったが、ドラッグバントは上手かったじゃあないか。 3塁ランナーはゴロゴーだったはずだし、ノーサインでやっても面白かったと思うぜ。

    そして、筒香! 6回、8回のチャンスで回ってきた場面。 君は相手投手の球威に負けまいとしてフルスイングを繰り返していた。  最近、君が速球を打てなくなっていること、ファンなら皆心配しているぜ。 バットを少し短く持つとか何か工夫があってもよかったんじゃあないだろうか。 (FOX様がよく述べられていることを借用して失礼しました。すみません。) あそこは、君がポテンヒットでも打てば流れが一気にこちらへ来たと思う。 今の君の立場なら、必死に打つことだけを考えるのではなく、冷静に相手を見下ろして打席に立って欲しかった。

    続いて、宮崎! 君がこのメンバーの中に入っていること、よく頑張っていると思うよ。 しかし、9回2点負け、先頭打者で3B1Sの場面。 どうしてもう1球待てなかったのか? 相手は、球威だけが頼りの12球団最低の抑え投手。 球の抑えがきかず苦労していた。 「2試合ヒットが出ていなかった。打率を上げておかなければ、ロペスが帰ってきた時、居場所がなくなる」てか。 あの場面、ヒットを打つより3B2Sからファール、ファールで粘って1塁へ歩いた方が君の株はどんどん上がったと思うよ。

    こんなことだから、老いぼれと若蔵ばかりの阪神に、絶対カモにしなければならなかったはずの阪神にナメられてしまった。 ベイスターズは横浜高校より弱いと。(精神的に)

    最後に高田GMに言いたい。 「こんなチームだからこそ、筒香を𠮟り飛ばせるような、三振したら俺の責任だと3B2Sまで待てのサインを出せるような、経験と実績を持った監督が必要なんじゃあないですか?」と。 栗山監督は中田に代打矢野を送ったらしいっすよ。

    昨夜はいっそのことパーフェクトゲームを喰らった方が、寝つきが良かったのにと思った夜でした。  
     
      

    1. コメントありがとうごあいます、昨日は仕事の関係でどうしても観られなかったので
      以前書いてためている記事を更新しました。
      昨日の試合は散々だったようですね
      特に筒香はほんとに…情けない
      昨日の試合含め阪神とのカードについては明日の試合後にまた更新しようと思いますn
      ピエロさんのコメントも参考にさせていただきます

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