1998年6月3日@東京ドーム 10-11● 18年前、横浜の熱い男がしたファン批判   


19980603ベイスターズ敗戦(+_+)
[スタメン批評]
(ベイスターズ)
ローズがまだ復帰しない中で打線は好調
3番鈴木そして下位打線の谷繁、進藤の調子も上向いている
先発はここまでピリッとしない戸叶
(ジャイアンツ)
4試合連続本塁打中の清原は太ももの痛みでスタメンから外れ4番には広澤を起用
3番松井の4番昇格も予想されたが3番松井4番広澤5番ダンカンの新クリーンアップ
スタメン捕手には吉原
[試合経過]
桑田、戸叶両先発で始まった試合だが試合は荒れる
3回裏に巨人清水のタイムリーで先制されるも直後の4回表に同点に追いつく
しかし5回裏に戸叶が打たれ3失点
再び6回表に佐伯のホームランなどで追いつく
しかしベイスターズのリリーフ陣が踏ん張れずに
五十嵐が直後の6回裏に元木・高橋に連続本塁打を打たれ2点を勝ち越される
それでもその直後の7回に駒田のホームランで1点差
その裏にに関口が松井、広澤に連続弾で3点追加
が、8回表に三度同点にベイスターズが追いつく
それでも巨人は8回に清水のホームランで勝ち越し
9回表の土壇場に岡田から谷繁が同点ソロを打って追いつくのは4度目
しかし勝ち越すことができずに佐々木を投入できずに
その裏に島田が吉村にサヨナラヒット打たれ敗戦
両チーム8本塁打32安打の壮絶な打ち合いは巨人が制し
ベイスターズは3連敗

 

PlayBack’98特別コラム-あの時あの星たちは-
1998年6月3日号「熱い男が1番熱かった98年」

◆額に流れる汗は今星にならずに竜になる

見慣れた光景と言えばそれまでだがやはり寂しさもある
何かといえば
かつてベイスターズのユニフォームを着た功労者が他のチームの戦闘服で
ベンチで指揮をとったり指示を出す光景
広島のベンチでは石井琢朗が中日のベンチでは谷繁が指揮をとる
そして中日谷繁監督の隣には佐伯が常にいる
琢朗や谷繁共に18年前ベイスターズを優勝に導いた熱い男は今名古屋にいる
それでも関西弁を喋る男に一番似合っていたのはYOKOHAMAだ

◆「ファンならメガホン投げるな!」ファン怒った2年目の選手

優勝する4年前の1994年
当時月刊誌として発売されていた「月刊ベイスターズ」
その7月号のインタビューで佐伯はファンへのメッセージでこう語る
一部を引用する
-「ファンの方には大変失礼かもしれないんですけど、僕らは誰1人として負けようと思ってやっているわけじゃないですし、毎日毎日勝つつもりでやっています。それでも130試合のうちで負ける試合だってあるじゃないですか。(略)横浜スタジアムっていえば僕たちの仕事場なんですよ。そこで負けた時に皆さんがメガホンとかゴミをとか投げるの物凄い辛いです。自分の立場に置いて考えたら自分の仕事場に僕らがゴミとか投げたらどれくらいいやな気持になるか考えて欲しいです。これをお願いしたいです、よろしくお願いします」―

当時は負ければメガホンがグランドに投げられるのが当たり前の時代
そんな時にチームの公式雑誌でファンに「メガホン投げるな!」と
当時2年目の選手が語ったのは驚きと反響を呼ぶ
そこで2カ月後の月刊ベイスターズでは改めて「応援マナーを考える」という特集を組まれたほどだ
ファンに応援マナーを訴えるほどの熱い男にファンは批判どころか魅了されていく

◆「ワイはスタンドとも戦ってるんや」と話す男の98年

3年目にはオールスターにも選出されファンからの人気を絶大のものにした佐伯だが
ルーキー時の93年よりレギュラーが獲れそうでとれない
94年に107試合に出場しホームラン11本とレギュラーに一番近かったが
ライトブラッグズ、レフト畠山と外野の2枠は埋まっていた当時
空いたセンターの座には波留や井上、宮里…etcとライバルと競合
センターというポジションだけに守備力が落ちる佐伯がレギュラーを掴むことは難しかった
それでも96年には114試合打率.290 本6 衰えてきた畠山のポジションを後1歩で奪うところもまできていた
97年は川端と併用でライトのポジションのスタメンで起用された
この頃には外野のレギュラーの顔ぶれも変わり始め
レフト鈴木尚典、センター波留敏夫と固定
6年目を迎える佐伯にとってはそろそろレギュラーの座を確固たるものにしたいところ
それでも98年シーズンは開幕スタメンを新助っ人マラべに奪われ
自身の初出場は4試合目、スタメンに起用されるのは開幕から10試合目だった
しかし佐伯は98年春先絶不調で結果を残せない
初スタメンで起用された試合でこそ猛打賞だったがそれ以降は快音が聞かれず
畠山や中根の後背だった
それでも腐らずに佐伯は自身の出番を待ってしっかり準備する
そしてこの6月3日に佐伯は1号ホームランを放つ
この日から佐伯は起用されることが増え、チームの勝ち星も増えてくる

1998年
ライトスタンドから「佐伯頑張れ―」と言われれば手を振り
「佐伯ばかやろ-」と野次を飛ばされれば
ヒーローインタビューで
「ライトスタンドで僕を野次ってくれたおじさん、貴方に感謝します。あなたのおかげで打てました」
と答える、ファンの叱咤を全力で受け止めて踏ん張る彼の姿
ライトスタンドから彼に対する野次はなくなっていく

1998年熱かったYOKOHAMAの地で1番熱かった男佐伯
「ワイはライトスタンド共に戦ってるんや」
そうインタビューで話す26番は
この年の夏、額から大きな星を流すことになる

彼が熱くさせてくれたあの年から18回目の夏が
横浜にまたやってくる

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