1998年前夜 97年の快進撃を振り返る


優勝前夜97年をざっと振りかえり

1998年の試合を振り返る「PLAY BACK98年」

このカテゴリーでは1998年のベイスターズの全試合を振り返っていこうと思います

さて、第1回は98年の優勝前夜97年の一年を簡単に振り返ってみたいと思います
ここに1997年のオフに発売されたであろうベースボールマガジンの冬季号があります

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ヤクルト野村監督の胴上げ、西武ライオンズの若手の大成、大友、松井稼頭央の名前などが

表紙にでています

さて、この本の中身を覗いてみますとこんな特集記事があります

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「快進撃、球界にフィーバー巻き起こる」
そう、この年首位ヤクルトとの最大17.5ゲーム差を2.5ゲーム差にまで縮め

ヤクルト独走の流れに待ったをかけたベイスターズ

このベイスターズがおそらく1960年の初優勝以来、37年ぶりにプロ野球の主役に躍り出た年でした

前年の1996年近藤監督からバトンを受けコーチから監督に昇格した大矢監督の下

ベイスターズの若手が開花

鈴木尚典が首位打者を獲得すれば、石井波留の1,2番コンビが驚異の出塁率

打点99のローズが4番に座り、5番に満塁男駒田、6番には左投手なら川端、右投手なら佐伯

7番進藤、8番谷繁の恐怖の下位打線のマシンガン打線はチーム打率273

投手陣もこの年からコーチに就任した権藤博の指導でくすぶっていた投手達が開花

前年96年に10勝をあげた斉藤隆が怪我で出遅れ不安視されていたものの

左腕野村が10勝、若手の三浦も10勝、ルーキー川村も新人王に後一歩及ばずも10勝

そして2軍で制球力がなかった戸叶がヤクルトキラーぶりを発揮し10勝

同じく2軍で成長株の福盛も4勝をあげて

「投手さえよければ…」と毎年言われていた球団に二桁投手が4人も現れるという充実ぶり

リリーフ陣も横山、島田そして打撃投手から復活を果たした西清隆などの奮闘

そして極めつけは、それまでいまいち安定感がなかった大魔神佐々木の防御率0.90で38セーブ

投打がこれだけ機能すれば、例年のような低迷する方が難しい話で

ヤクルトとペナントを争うシーズンになりました

しかし、この97年も実は開幕当初は例年通り低迷していました

前年96年の活躍で開幕4番と言われていた鈴木尚典がオープン戦で首を痛め開幕に間に合わず

投手陣も五十嵐、斉藤隆の離脱と開幕前から不安を抱え

開幕後も

好調だった進藤が頭部デッドボールで戦線離脱、期待の助っ人セルビーも不振

6月下旬には定位置の5位よりも下の最下位に沈んていました

ところがここから、チームは変わります

6月25日巨人戦

借金9の最下位で4連敗中だったベイスターズの転機となった試合

4月6日にプロ入り初勝利をあげるも調子のでなかったルーキー川村が

この試合再三のピンチを背負いながらも粘りのピッチング

しかし打線は巨人先発槇原の前に沈黙

わずか2安打におさえられていた6回裏波留がレフトスタンドに一発を放ち先制

7回は川村から島田、8回からは佐々木を投入し

この年、初めて1-0のスコアで勝利すると

翌日の巨人戦では春先リリーフで奮闘した戸叶を先発で起用

6回途中まで2安打無失点で抑えれば、鈴木尚典のサヨナラ打で連勝

その後連敗はするも

7月の13勝5敗、8月の20勝5敗という驚異的な成績を残す布石となった2試合でした

9月2日からの首位攻防2連戦で石井一久のノーヒットノーラン、雨天中断時のファンのメガホン投げ入れ事件の連敗で完全に優勝戦線からは退いた形になりましたが

この1年でファンは優勝を現実に感じ尚且つ優勝というものの難しさを感じました

さて、次回からは翌年優勝するまでの軌跡を1試合ごとに振り返っていきたいと思います。

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