1998年開幕前夜~ファンに不安を生んだ谷繁FA,盛田放出,森監督招聘失敗~


97年は、バブルだったのか…

後1歩で優勝を逃した97年
成績は72勝63敗 貯金9
貯金5つ以上でシーズン終えたのも1978年以来 19年ぶり

文句のつけようのない成績で終えたものの
優勝できない悔しいシーズンだったという印象が強く残りました

97年のペナントレース終了後、
「来年こそ優勝だ」という強い気持ちを持ったファンより
「優勝するなら今年だったな」
と思いながらテレビのヤクルト西武の日本シリーズを見たファンの方も多かったはずです

そう、97年シーズンオフ
ベイスターズファンは
2位で終わった充実感より
翌年以降の不安が多くありました

現有戦力の不安では
先発として頑張った川村は2年目のジンクス
隔年エースの野村は来年は働かない年
戸叶、福盛だって実質2年目
首位打者鈴木尚典だって対策される
隆の怪我の治り具合もわからない…

こんなベイスターズファンだからこそのネガティブ思考が働きます

さらにシリーズ後には例の大量脱税事件が発覚
波留、万永をはじめ川崎や米も関わっていたことが
ファンの気持を落胆させます

そして監督去就問題

球団はチームを2位に躍進させた大矢監督と球団は契約を延長せず
元西武の森監督招聘を計画します

この時、おそらく多くのファンが「大矢が辞めても森がやるなら」と
球団の姿勢を理解したファンも多かったはずです

ところが、森
は巨人長島監督の去就で次期巨人軍監督の可能性がでてきたために
本人が横浜の監督要請を固辞

結局内部昇格でヘッドコーチの権藤博が監督に就任
この一報でベイファンは
「なら、大矢のままでいいじゃん」と思ったはず

さらに監督去就問題以上にファンをやきもきさせたのは
やっと正捕手に育った谷繁のFA宣言でした

89年以来、手塩にかけて古葉‐須藤‐江尻‐近藤‐大矢という歴代監督が育成し
ようやくものになった谷繁がオフにFA宣言をしたのです

谷繁のFAに97年Bクラスに落ち、村田真一の後釜がいない巨人が黙ってるわけありません
スポーツ紙では4年契約8億円という破格の条件を用意とも報じられ
巨人移籍は時間の問題ともいわれました

さらにファンは球団のこの年の2つのトレードに納得いかなかったはずです

92年に最優秀防御率を獲得し佐々木とダブルストッパー、
先発転向してからも踏ん張っていた盛田を近鉄に放出し
波留の開幕からの出場停止処分もあって中根仁を獲得

永池を巨人に放出し、
新監督権藤がコーチ時代共にあのロッテとのダブルヘッダーを戦った阿波野を獲得

盛田というファンから人気のあった選手を簡単に手放し、中根という控え外野手の獲得
数年前荒木大輔をヤクルトから獲得したように、
終わった人気者を集めたかっただけにうつった阿波野獲得

また
戦力外からの補強も
阿波野のように名前だけで集めたように見える岸川勝也、荒井幸雄の獲得

さらにドラフトでもファンを不安にさせます
平安高校の川口を外し、外れ1位で「こいつ、誰…??」
と誰もが思った町野高校谷口の指名
隠れ指名を1位という枠で使ってしまうベイスターズのお家芸
「この大事なシーズン前のドラフトでもやるのか」
と思わずテレビでつっ込んでしまったファンも多かったでしょう

不安に不安を塗る不安の漆塗り状態…

しかしその不安を打ち消してくれたのが谷繁の逆転残留でした

日本シリーズのゲスト解説で呼ばれ
ヤクルトが西武を倒し日本一に輝いたのを目の当たりにした谷繁が
「自分があの場所にいるとき横浜のユニフォーム以外考えられなかった」と逆転残留

球団の優勝への熱い思いも谷繁の残留を後押ししたはずです

そして毎年「メジャー行く」と契約更改でひと悶着の佐々木も
盛田のトレードに苦言を呈すも大人しく翌年の優勝を誓い、もめずに残留

あの97年を経験した選手は、ファン以上にこのチームの翌年の優勝を本気で信じていたんでしょう

「よし、我々も優勝を信じて本気で応援しよう」
そう誓いキャンプ初日を迎えました

まあ、
2月1日のニュースで新4番候補マラべが予想以上に太っていてまた、不安に感じたのですが…

次回は、98年ベイスターズの開幕戦
4月3日対阪神戦を振り返ります

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