97年と01年、谷繁が決断した2回のFA宣言がもたらした天国と地獄


「谷繁元信がベイスターズのユニフォームで引退できなかった…」

昨日、谷繁の引退試合で谷繁の応援歌を歌えない新規のファンの方々を見て
時の流れの寂しさにやけ酒をしてなぜか寂しい気持ちに…
いやきっとそれは谷繁元信という男を中日のユニフォーム
送ることになったやるせない思いが私をそうさせてしまった
今回はしっかり谷繁の引退について書いていきたい

タイトルにも書いたように

谷繁はベイスターズ時代に2度FAを宣言している
2001年の移籍を発表したFA宣言ばかりが記憶に残っている方も多いと思うが
1997年もFA宣言をしている

1997年と2001年、2つの谷繁のFA
この2つの年の彼の決断が
ベイスターズの運命をそのまま決めたといっていいだろう

1997年
ベイスターズはヤクルトと優勝争いを演じ、
あと一歩でペナントを獲ることができなかった
そしてそのオフ谷繁元信のFA動向がベイスターズファンの注目だった

97年、清原など20億円補強と言われた強奪を見せた
長嶋巨人がまさかのBクラス
その1番の原因が正捕手の不在だった
村田真一では肩と打撃に不安があり135試合を任せられない
実は巨人は古田の獲得に動いた時期があったという
しかし長嶋監督が野村克也の
息の吹きかかった古田の獲得に難色を示し
その話は実現とはいかなかったという

古田獲得の事の真意は別にして
長嶋監督は谷繁獲得を球団にこの年強く要望したという
報道では谷繁に巨人は4年契約8億円を用意とも報じられる

実際谷繁は、幼少時代から巨人ファンだったこともあり
この時やや移籍に気持ちが傾きかけてこともあったという

日本シリーズで渦中の谷繁はヤクルト西武戦のゲスト解説に呼ばれた時
試合前、元同僚西武のリリーフエース、デニーが谷繁に言う
「FAでお金いっぱい入るんでしょ、日本一になったら奢ってね」
これを当時スポーツ紙で読んだ時
「ベイスターズに働きもしなかったノーコン投手が余計なとこで谷繁を惑わすな」と怒ったことを思い出す

しかし、この日本シリーズでのゲスト解説が
彼の気持ちを残留に決めさせる
「自分が日本一の優勝を想像した時、ベイスターズでのユニフォームを着ていること以外考えられなかった」

谷繁はこうしてベイスターズでの残留を決める
4年契約だった
4年後彼がもう一度FA権を取得した時
きっとこの球団は黄金期の真っただ中にいると、中学1年の私は信じていた

1998年の谷繁の活躍もあってチームは優勝した
日本シリーズでは風邪で調子の悪かった佐々木をうまくリードし日本一に輝いた

1年前ラジオの中継席で想像した光景をそのまま現実のものとした
佐々木とともに最優秀バッテリー賞やベストナイン、ゴールデングラブを獲得した

自信をつけた谷繁はチームの顔、中心として機能しはじめる
サヨナラを打たれたルーキー木塚に
「だから、甘い球はやめろって言っただろう」
とスタンドにも聞こえる罵声をとばしたり
彼のチームの勝利を求める姿勢は若手投手の成長も促す
監督権藤も試合中全幅の信頼を託す

2000年オフ
考えてみればベイスターズはこの時
この先15年に及ぶ低迷を作ってしまった原因ともなる選択を行う
それは、村瀬秀信氏の「4522敗の記憶」の中で
当時の球団社長大堀が間違いであったと認めるほどの歴史的選択ミスだった

そうそれが
森祇晶の監督就任だ

しかし、おそらくこの森監督就任を当時反対していたファンは僅かなはずだ
権藤を退団させてまで97年監督要請を断られた森を
監督に呼んだ球団の姿勢をそれなりに評価したはずだ

いや、もしかしたら古葉が監督をした末路を知っている私なんか足元に及ばないほどの本物のオールドファンはわかっていたのかもしれない
「また、同じミスを犯すのこの球団は…」と

森監督就任にそれなりの期待をしていた
私が若干不安に思ったのが就任会見だ
「レギュラーは石井と鈴木尚典以外白紙」
谷繁は固定じゃないのか…

高校生になる谷繁ファンには不思議に思った、いや不快に思った

2001年のベイスターズの捕手陣といえば
谷繁と凌ぎを削った秋元は引退
前年谷繁が怪我で離脱した間マスクを被った相川
それ以外は前年始めて1軍を経験した鶴岡がいるくらいで
後は2軍の捕手
このレベルのメンバー達と優勝捕手谷繁はレギュラー争いをさせるのか…

もちろん、森監督は谷繁を1から鍛えなおすことが1番の目的
谷繁のレギュラー白紙発言の真意はそこだ

しかし、それでも私にはNHKの解説時代森がよくいう
「谷繁はピッチャーをいじくりすぎ。これじゃ投手は投げづらい」
などの苦言が悪い方に働く気がしてならなかった

2001年のシーズン
私の心配をよそに谷繁と森の関係は良好に思えた
森は投手を代える前必ず谷繁の元に行く
「こいつはもう代えたほうがいいか?」
「そうですね」
テレビの中継でのこのやりとりを見れば森も谷繁を信頼しているように見えた

ところがシーズンも佳境に入った8月末
タブロイド紙の「日刊ゲンダイ」にこんな記事が出る
「谷繁、森との確執で中日へ移籍」

タブロイド紙の記事など嘘半分で読まなきゃいけないのは百も承知
しかし、この記事の内容を見ると信憑性がないとも言えなかった
谷繁は森監督がメディアを通じて自分のことを悪く言うのが許せない
何かあるなら直接言って欲しい
・怪我をしているわけじゃないのに相川の起用が多くなり谷繁は不満に思っている

所詮はタブロイド紙、どこまでが取材でどこまでが想像かわからない
これが真実だとしても野村克也が古田によく指導して方法だ
メディアへの苦言はもちろん
そういえば古田は、レギュラーとりはじめてからまもなく
中西、野口といったライバル捕手にマスクを譲ることがあった
これは後に野村が「古田に危機感をもたすためにやった」と著書で書いている

森なりの谷繁を鍛える方法だったと見るのが普通だろう

ところが
2001年10月の月刊ベイスターズでインタビューを受けた谷繁はFAについて語っている
-今はその質問は勘弁してください。ただ、チームに愛着はあります

おい、
FAで出ていく選手の常套句ではないか…

このインタビューで谷繁はこんなことも言っている
-(森監督が投手交代時に谷繁の下に意見を聞きにくることについて)信頼されているんだなと感じますね

この言葉がむなしく感じる

谷繁はオフに予想通りFA宣言をする
目的はメジャー移籍だった
これを聞いて安堵した

そうか、メジャーならしょうがない。素直に応援できる
タブロイド紙の記事などやっぱ嘘だ

それから数週間後だった
彼は中日に移籍した

事の真意はわからないが、タブロイド紙の記事通りになった
そしてこの時の私にはあのメジャー挑戦ですら
中日移籍するためのワンクッションに思えてならなかった

後に谷繁自身は
横浜がもっと熱意をもって残留交渉してくれれば移籍はしなかったと話す
そう、きっと球団は谷繁に深く残留を求めなかったのだ
当の監督が果たして球団に谷繁への深い慰留を求めたのかすら怪しいから…

谷繁のFA移籍が決まった後、小宮山がメジャー移籍を表明した時森のコメントが記事に出る
「彼(小宮山)の移籍は筋が通っているよね」
一体、誰の移籍は筋が通っていなかったんだろうか…

谷繁が移籍した秋季キャンプ
森は精力的に相川を指導する
しかし、それからまもなく
中日の正捕手中村武が金銭でベイスターズに移籍する
中村としても正捕手の自分がいるのに
谷繁獲得に動いた球団の姿勢や当時の中日の山田監督への
不信な点があったんだろう

この中村のトレードが決まった後、森は
「正捕手同士の理想的なトレードができた」
と話した

理想的なトレード…
しかし、森の理想通りに球団の勝ち星は伸びず
チームは断トツの最下位
森自身も契約を1年残して球団を去る

森は最後の退任会見で「怒られるはもういいよ」とつぶやいた…
森をほんとに怒りたかったのは我々ファンだった

それからの2002年以降のベイスターズとドラゴンズを比較する必要はないだろう

97年谷繁残留で翌年優勝したチームは
2001年谷繁の移籍で翌年最下位に落ちた

谷繁が入団して正捕手に育てるのに9年かかったチームは
谷繁移籍後14年経っても優勝捕手はでていない

2001年FANBOOKの谷繁元信のページにこんなコメントがある
-「谷繁を鍛えなおす」という森監督のメッセージに谷繁は「優勝するためには僕は何をしたらいいか、僕に必要なのは何かを教わります」と答えて自主トレを始めた…略

優勝に必要なもの…
ベイスターズにとってはそれはであったということを
14年たった我々ファンは、彼の引退試合をみてしみじみ実感している

ここまで読んでいただきありがとうございます
最後に応援クリックお願いします! (※ブログ村に移動します)
にほんブログ村 野球ブログ 横浜DeNAベイスターズへ

記事更新時に通知を受け取ることが出来ます。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。