20年前に生まれた“松坂世代”は終わってはいけない


その言葉も20年前に生まれた

私は何かと“1998”と言う数字に心が熱くなる
レシートの値段、携帯電話の下4けた…
この数字を見かけるたびにテンションが上がる
それはやはり私いや我々ベイスターズファンにとって
この数字の年はやはり特別なものであった
1998年
バブル経済は崩壊し不景気に真っ只中
“リストラ”“就職超氷河期”“倒産”
年末に発表された完全失業率は4.4%
新聞の一面に踊る内容はその10年以上前に
『JAPAN AS NO1』と言われた時のものとは違う
今この記事を書いている1月27日
同じ日付の98年の朝日新聞の一面は
『大蔵検査官2人逮捕、あさひ・一勧・大和・拓銀から接待』
景気の悪さが招いた腐敗事件も明るみに出る
しかしそんな年スポーツだけは明るかった
2月7日から開幕した長野五輪での日本勢の活躍
6月初めて日本が出場したサッカーワールドカップ
そして10月8日、38年ぶりに優勝したプロ野球チームの熱狂
スポーツがこの年を盛り上げてくれた
そしてそれはプロスポーツだけではなく
アマチュア、高校生のアスリートも日本を熱狂させてくれた
今や100年に渡る高校野球の歴史を
『松坂以前』、『松坂以後』に分けられるとまで言わせた17歳
横浜高校松坂大輔
彼を中心とした春・夏の横浜高校の甲子園連覇
そしてそこに至るストーリーは漫画でも書けない
さらにその松坂と共に敵対した選手達も素晴らしいプレイヤーばかり
気付けば彼らのことを「松坂世代」と呼ぶようになる
この言葉はその後松坂がプロ入りしてから
何かと使われるようになる
松坂と同じ年の選手がその言葉で括られるようになり
気付けばその後『○○世代』と各年代の選手を呼ぶことが一般的になる
しかしその松坂世代が今終わろうとしている

舞台を去っていく松坂世代…

2000年代のプロ野球を支え主役となっていた松坂世代
しかしそんな松坂世代も甲子園で雌雄を決していたのも
20年前…
今やあの年に生まれた赤ん坊が20歳になる
10年ひと昔というのだから、ふた昔だ
彼らは今年38歳を迎える
一般社会で言えば丁度管理職になりはじめ
油がのりはじめ仕事に精がでる時期だ
しかしプロでは“引退”という言葉を受け入れていかなくてはいけない年だ
既に多くのプロに入団した松坂世代がユニフォームを脱いでいる
沖縄水産時代松坂より評価の高かった新垣渚
この世代野手最強と言われた豊田大谷の古木克明
帝京の元気印森本稀哲etc
あげればキリがない
度々記事にして書いているが
私の先輩にあたる長田秀一郎もベイスターズ退団後
独立リーグで野球を続けていたが昨年引退した
表舞台を去っていく
そしてあの選手もその瀬戸際にいる

村田修一の現在地と

ベイスターズの背番号25というと
今では筒香の代名詞
もし畠山をあげるような人は私のようなよっぽどの捻くれ者だろう
しかしここ10年ファンを続けている人にとっては
やはり村田修一をあげる人は多いだろう
彼もまたこの松坂世代でユニフォームを脱ぐ瀬戸際にいる
ベイスターズ時代2度の本塁打王を獲得し
暗黒時代我々ベイスターズの光であった村田
「大敗したけど村田のホームラン見れたから満足」と
当時スタジアムを後にした人も多いだろう
弱いベイスターズを支えてくれた選手だ
彼のスタンドへの放物線がファンの夢
だから彼が
金髪にしたり、大事なとこでエラーしたり、全力疾走しなかったり
監督室で居眠りすることなど御愛嬌
弱小ベイスターズは
彼の彼による彼のためにあるようなものだった
大エース三浦に
「ピッチャーが打たれ過ぎです」と不満も言えるのも彼ぐらい
監督尾花が村田に気を使ったというほどだ
そんな彼は「優勝がしたい」とベイスターズを去った
しかし彼が去ったベイスターズは
優勝できるチームへと浮上した
一方で村田は巨人で2度の優勝を経験したが
今ユニフォームを脱ぐ瀬戸際にいる
彼になぜここまでプロ球団から声がかからないかはわからない
しかし松坂世代の主役松坂大輔が
テスト入団してようやく今年死に場所を得たぐらいなわけだから
38歳のプロ野球選手が直面しているものは厳しい

松坂世代は終わらない

しかし
もし、“松坂世代”という言葉がなく
普通のプロ野球選手の38歳の人たちのことを考えるだけであれば
特に感慨深いものもなかったのだろう
ただあの98年をそして2000年代の中心になった高校球児達に
特別な思いを抱いてしまう
彼らの凄さを高校時代から知っているからこそ
ここで終わってほしくない
それは主役の松坂であれ村田であれ
後藤であれ実松であれ全ての松坂世代に思う
昨年書いた記事
後藤武敏と長田秀一郎、松坂世代の集大成
でも書いた一節

主人公松坂大輔の不調で「松坂世代」に陰りが見え始めている今だからこそ
そうあの松坂世代の仲間がユニフォームを脱ぎ始めたからこそ
この世代が、この世代の選手達がどれだけ素晴らしかったのかを後藤は伝えていかなくてはならない
ベイスターズファンが忘れられない98年を盛り上げてくれた高校球児達の想いを
まだグランドで見せなくてはいけない

この気持ちは今も変わらない
中学2年の時夏休み部活をサボってまで
私を虜にしてくれた“松坂世代”はまだ終わってほしくない
終わるわけにはいかない

あれから20年
今の中学生に彼らの素晴らしさを見せて欲しい

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  1. 忘れもしない1998年。
    神奈川の神奈川による神奈川のための1年でした。
    正月の箱根駅伝では神奈川大学が優勝、横浜高校が甲子園春夏連覇、ベイスターズの38年ぶりの日本一。
    しかし、ドラフトでは松坂の交渉権を取れず。
    あの時松坂を獲れていれば、間違いなくベイスターズは連覇していたと思います。
    松坂を獲れれば黄金時代になると思ったのに、本当に残念でした。

    松坂はピッチングもすごかったが、バッティングもすごかった。
    夏の県大会準決勝の横浜商大戦で、横浜スタジアムのレフトスタンドにぶち込んだホームランをテレビで見て、びっくりしました。

    村田の動向も気になりますが、松坂も厳しいですね。
    もう一度松坂が躍動する姿を見たい願望はありますが・・・。
    あれだけ衝撃を与えた選手が、これで終わってしまうのは悲しいです。

    1. コメントありがとうございました
      あの98年は松坂のクジを外して全てが終わってしまったような感じでしたね
      あれがその後のベイスターズの暗黒時代の序章だったのかもしれませんね
      松坂の打撃は凄かったですね、僕もあのホームランテレビでビックリしました
      松坂がもうひと花さかせられるか、彼が悔いなく野球を終えて欲しいですね

  2. 1998年、関内の飲み屋でベイスターズのカラオケを歌う人々が凄い多かった。
    私の廻りの読売ファンの友人がそれを苦々しく見ていた。
    私は、当時特定のファンにはなっておらずベイスターズも強くなったんだな〜と
    実感していた年。
    それからずっと優勝できないとは思えなかった。
    さて、松坂は中学、高校、NPBとあれだけ投げて故障しないので丈夫だな〜と思ってましたが
    メジャー行って3年目でしたっけ?やっぱり松坂でも故障するんだな〜と思ってから回復しませんもんね。
    なんとか、最後に踏ん張ってほしいですね。
    松坂世代………調べてみると藤川球児、杉内俊哉、久保裕也、矢野謙次、館山昌平、和田毅、小谷野栄一、
    久保康友(久保もどうなるんだろう?)等けっこうまだいますね。
    この世代は優秀な選手が多かったですね。
    あとどれだけできるか正念場ですね。
    村田はどこか拾うかと思ってたら何とまあ…………何かあるんでしょうけど。
    独立リーグから復活を目指すらしいので、自分が納得いくまで頑張るしかないですね。
    松坂世代に限らず、ベテランは1年1年が勝負になるので悔いなくシーズンを迎えて意地を見せてほしいですね。

    1. コメントありがとうございます
      あの当時はまだベイ党で無かった、とらたろうさんにとっては今度が初優勝になるわけですね!
      今年ぜひ経験しましょう!!
      松坂世代もまだまだ腐ってはいけないベテラン現役選手が多いですね!
      特にベイ後藤には一軍の舞台で松坂からかっ飛ばして欲しいですね!

  3. 1998 私もこの4ケタの数字は特別です。
    その頃、平社員だった私も今は少し偉くなり、時々講師となりますが、自己紹介では必ず『好きなスポーツ観ることやること野球、熱気ベイスターズファン!
    どのくらいのファンかというと、1998年ベイスターズ優勝の年は九州に居ながら、6回ハマスタに行った!妻との結婚の条件もベイスターズに関しては一切文句を言わないこと』と話します(笑)
    そして当時の優勝記念トレーナーにCDは今も持っています!
    その1998は神奈川の年だったの覚えていますか?
    箱根駅伝優勝は、神奈川大学!
    大学ラグビー優勝は、関東学院大学!
    高校野球野球は、春夏、横浜高校!
    都市対抗野球は、日産自動車!
    そして最後にベイスターズ優勝!
    まさにベイスターズ優勝は予感出来た。

    松坂ですが、私は彼の投げ方見ると肩をかばっての、
    どっこいしょなけ、 あのフオームでないともう投げられない、限界を感じていますm(_ _)m
    村田の方がまだ通用するが悲しいかな、報道にあるように3塁でレギュラー取れそうなヤクルト、ロッテも若手に切り替え方針だし、今までの素行、言動がマイナスになっているのでしょう。私達が知らないような素行の悪さかある?山口俊の酒癖を私は知らなかったがFA取りの時にそれを知り、撤退した球団もあったようでやはり、何かあるかも知れませんね。最近は、トレード、FAでもその辺を重視する傾向あるようです。後藤は正念場の年になります!ダミレス構想からは代打要員にも上がっていないはずですからフオームでの1打席1打席が勝負になるでしょう。

    1. コメントありがとうございました
      本当にあの年は特別でしたね
      私もあの年買った優勝記念Tシャツ、記念CDは今も宝物です
      優勝決めた試合はテレビでの録画はもちろんラジオもカセットテープに録音しいまだに残っています
      そしたら、その音源を使った記念Cdが後に出たわけですが…笑
      あの年が神奈川の年だったことは未だに忘れません
      箱根駅伝、ラグビー、高校野球、都市対抗そして98年年末から99年の元旦にかけての
      消滅直前の横浜フリューゲルスの天皇杯優勝…全てが神奈川のために出来ていましたね
      松坂は本来なら既に引退すべき肩、肘なんでしょうね
      今は必死に死に場所を求めている感じですね
      村田は我々が知る以上の素行の悪さがあるのか…と考えるほど他球団が手を上げませんね…
      私はサードのサブ、代打要員でいいならベイスターズが獲ってもいいと思いましたが今は余計な過去の血はチームを悪くしますかね…
      後藤は引退をかけたシーズンになりますね、下園の昨年の起用を見ればラミレスはあまり後藤を使わないでしょうね
      踏ん張って欲しいです

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