そして、大家友和は横浜に帰ってきた


あの男は再び帰ってきた

ベイスターズ宜野湾キャンプ第2クール
シート打撃で指揮官ラミレスはファーム調整中の京山投手を1軍に呼んだ
「2軍での練習視察で非常にいい球を投げていた」と評価してのことだ
その数日前
嘉手納キャンプ初日に京山に念入りに投球フォームを指導していた男がいた
背番号78、大家友和ファーム投手コーチ
今年7年ぶりにベイスターズのユニフォームに袖を通す
元メジャーリーガー
2016年まで現役を独立リーグで続けていた男は古巣に帰ってきた
ベイスターズは投手陣が充実してきたものの
ドラフト即戦力投手は活躍しているが
チームが育成して1軍の舞台に出てきたと言える投手は
実は意外に少ない
投手の育成力を考えると実はまだまだ疑問符のつくベイスターズ
そこで高田GMはギリギリまで現役を続けてきた大家に
育成としての手腕を期待して白羽の矢を立てた
彼の現役時代の野球人生はまさに波乱万丈だった

20年前のV戦「死」

20年前
ベイスターズが38年ぶりの優勝を達成した年
ファームで先発ローテーションを守り
イースタンリーグ防御率トップの成績を残した背番号56
大家友和
この年2軍でこれだけの成績を残しても1軍での登板はわずか2試合
プロに入って5年間でわずか1勝
彼にとっては一軍の優勝など関係ない遠くの出来ごとだった
日本一の興奮冷め止まぬオフの秋季キャンプ
大家友和は権藤監督に練習中声をかけられた

「アメリカに行きたい気持ちに変わりないか。来年、お前を必ず使ってやれるかはわからないんだ。」

彼はこの一言で自身が球団の戦力の構想に入っていないと考えたという
元々入団して3年目のオフ、契約更改の場で
「アメリカに行かせてもらえないでしょうか。必要であれば自腹を切っても構いません。お願いします」
渡米の意思を球団の直接示している
だからこそ、彼にとってはこの権藤の言葉で気持ちを固めたという
球団にメジャー挑戦を再び伝え彼は自由契約となり
まさに裸一貫でメジャーの舞台に挑戦した
あの佐々木より1年前に彼は横浜からアメリカに野球の職場を移した

メジャー通算51勝の男の帰還

99年レッドソックスとマイナー契約を結び傘下2Aトレントンサンダーで開幕を迎えた大家
そこで先発として8連勝を記録して6月には3Aに昇格
7月17日にメジャー昇格し、19日のマーリンズ戦でメジャー初登板初先発を果たす
その後一端マイナーに降格するも8月25日に昇格し
10月1日にはリリーフとしてメジャー初勝利をあげる
彼はこの年憧れの地で1勝1敗の成績で終える
その翌2000年にはメジャーで13試合登板し3勝6敗
メジャー3年目の2001年は開幕をメジャーで迎え
4年目には移籍したエクスポズで先発ローテション入りしチーム最多の13勝
オフの日米野球で凱旋登板も果たした
2006年にはメジャー通算46勝をあげて日本人投手では当時史上2位となる通算46勝をあげる
しかしその後3年はメジャーで結果を残せないまま
2010年開幕後もメジャーリーグ球団と契約を結べないまま
迎えた4月日本の弱小球団から彼の下にオファーが来る
メジャー通算51勝あげた男が2010年に袖を通したユニフォームは
12年前自身を自由契約にしたチームだった

弱小古巣での役割

彼がメジャーで過ごした12年の間
古巣横浜ベイスターズは腐っていた
彼が戻る2009年まで4年連続Bクラス
2年連続最下位
監督は巨人で投手コーチをしていた尾花を三顧の礼で迎え
何とかチームを立て直そうとしている最中
大家は古巣に帰ってきた
しかし当時「この選手達はやる気あるのか」
とファン心理的に思っていたが
そのベイスターズは大家の目には
98年の時のファームより
選手がやる気あるように見えたという
トレーニング器具は12年前とは比べものにならないぐらい充実し
彼はこの古巣チームの立て直しに貢献したいと強く思ったという
4月7日に2年契約を交わし背番号44をつけた彼は
5月2日のヤクルト戦で7回途中1失点で勝ち投手になり
16年ぶりの日本球界での勝利、通算2勝目
日本プロ野球史上最長ブランク記録となる
ここから先発ローテの一角として古巣を支える
そしてこの頃
彼は若手投手に頻繁にアドバイスを送る姿が見られるようになる
かつてはあまり他人と関わらないように見えた彼の姿を見ていたファンからすると
その姿は意外だった
復帰1年目は7勝9敗とまずまずの成績でシーズン終えた
しかし翌年は開幕から不調で1勝もあげられずにオフに自由契約となる
右肩の痛みから本来の投球が出来なくなっていた
この時彼は35歳、引退を考えてもいい年だった
しかし彼の野球への熱は冷めない

大家の野球熱は冷めない

彼はその後
日本の独立リーグ、アメリカの独立リーグなどを経て
時には投球スタイルを変えナックルボールを駆使して
ナックルボーラーとして自身の活きる道を模索する
決してボロボロになるまで野球を続けたいわけではない
ただ、純粋に自身の可能性を野球の可能性を
模索して戦いたかっただけだという
高校でプロ入りし日本のプロ野球の指導に強い疑問をもっていた大家は
早い段階でメジャーリーグに憧れそしてそこでの経験を日本に還元したいと思っていた
実は彼がメジャーリーグでマッチするのではないかと一番思っていたのは
98年の秋季キャンプで大家に来年お前を使えるかどうかわからないと直接話した権藤だった

「あいつの力は凄いものを持っている、だからこそファーム漬けになるくらいなら早く挑戦させてあげたかった」

彼を自由契約にするのを躊躇った球団を説得に動いたともいう
そして当時の球団社長大堀隆も彼をこう言って送り出した

「うだつのあがらないプレーをしたら、すぐに連れ戻すぞ」

大家は自身の著書でその言葉に温もりを感じたという
だからこそ彼は日本に帰るなら横浜と決めていたという

98年、あの歓喜の蚊帳の外にいた大家友和は
今度は若い選手達に歓喜の中心にいてもらうために
再び古巣のユニフォームに袖を通した
独立リーグ含め14球団を渡り歩いた男だからこそ
若い選手にあらゆる言葉で方法で指導できる

そしてファンも彼の指導に期待する

嘉手納キャンプで老年のファンが彼に声をかけた

「大家さん、お帰りなさい」

笑いながら言う

「ただいま」

1994年から2016年まで現役を22年続け
野球の酸いも甘いも知っている
これからはそれを若い選手に伝えていく

彼は自身の著書でこう書いている

「メジャーへ挑戦したいという志を持っている若者の中には『大家のように日本で活躍できなくても、海を渡れば何とかなる』と思っている選手もいるでしょう。そのことを否定も肯定もしません。背中を押すこともしません。『やってみればいい』そのスタンスはこれまでも、これからも崩すことはないでしょう。」-プロ野球のお金と契約 大家友和 ポプラ新書-

そして大家友和は帰ってきた

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  1. いや大家をこれまで知っている、調べるのも半端な労力ではないですね!素晴らしい、権藤さんの後押しは全く知らなかった。

    私の大家の印象、思いは、高卒ルーキーだったが開幕一軍で、4月にリリーフながら数球で初勝利、持ってる投手と思いかなり期待しましたが、その後は毎年期待してもパットせずで、気づいたらアメリカに行ってしまいました。
    今はファームの試合も毎日、コマ目にチェックしてますが、当時はファームには無関心で、イースタンでそんな活躍していたのは貴殿のブログで始めて知りました。
    そんな大家をなぜ、権藤さんが後押ししたかの真意を権藤さんに聞いてみたいです。
    今の大家に期待しているのは、ナックルを誰かに伝授して貰いたい!康晃が、オールスターでは投げるが公式戦でも投げて欲しい。
    康晃の不安は、球種が少ない!ツーシーム落ちない時は見ていられない。当然、バッターはストレートに山をはるが、そんな時にカーブ、ナックル来たらタイミング合わず手か出ないはず。
    飯塚、綾部あたりにも伝授を試みて貰いたいが、やるならシーズン終わってでないと、調整が狂うかな。

    1. コメントありがとうございます
      大家がコーチに復帰してから一度彼の記事を書きたかったのですが
      書きたいことを簡潔に出来ずに
      乱筆な記事になってしまいましたがおほめの言葉ありがとうございます
      大家は一時佐々木の後釜にするという大矢監督や近藤監督が言っていたのを覚えています
      確か97年権藤がベイスターズのコーチをしていた時に期待の若手選手の名前に福盛や戸叶に続いて大家の名前をあげたことがあったので
      潜在能力には権藤は気付いていたのでしょう
      ナックルを山崎が使っていないのが私も残念でなりません、そこを大家に指導してもらってぜひ試合で使える球にして欲しいですね
      連日のブログ更新にご心配ありがとうございます
      開幕前に力尽きないように少しずつ休みながら更新していきます

  2. ファームコーチとして、たいへん期待しております。
    いつも感心しますが、快星会さんの記事はよく調べられておりいいですね。
    私は日米野球で凱旋登板した大家位しか記憶がなく、98年にファームでそんな期待の投手だったとは
    当時ベイスターズファンでない私は露知らず。
    そんな私にはとても分かりやすい記事です。
    私のようなにわかファンが増えている昨今に、ベイスターズの歴史も分かりやすい記事。
    私だけでなく、多くの新しいファンも今後も期待していると思います。
    最近のブログ稼働が早いのでランキングもうなぎのぼりですね。
    それだけ沢山のファンが関心のあるブログだということですね。
    ともかく、大家コーチに若手投手を一人でも多く育ててもらえるよう期待します。
    キャンプの時期は、期待がたくさんあっていいですね〜。
    神里選手の離脱が残念ですが、みっちり体を作って上がってきてくれるようこれまた、期待して待ちます。
    開幕前って希望がいっぱいあっていいですね〜。
    今年はシーズンオフ迄希望をもって日々過ごせるよう願っております。

    1. コメントありがとうございます
      大家に関しては実は1年前に記事を書こうとしていてその時に調べていたものがあったので
      今回の記事はそれを使って書きました
      大家は私の記憶では非常に期待され結果も残しつつあったのになぜかチャンスに恵まれなかった印象です
      彼のファームコーチ就任は私はビックリしました、高田GMがあまり好まないタイプと思っていたのですが
      吉井理人が元メジャーリーガー指導者として実績もあるし、大家にも期待があるのでしょうね
      彼の指導で京山や綾部あたりが出てくるといいですね
      ここ連日ブログも集中的に連載していて中休みにならないようにどこかで休み休みして定期的に更新できるように気をつけていかないと
      開幕前に力尽きないようにしますね笑

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