高田GMは無能か?中畑信者の言い訳を切る! 中畑野球とDeNA4年間の通信簿


この記事は中畑野球とDeNA4年間の通信簿です

第2回 高田GMは無能か?有能か?

▼「高田が悪い」で中畑を擁護するファン

10月3日の最終戦
中畑清監督のラストユニフォームとなったこの日
多くのベイスターズファンが、自身が認める最下位という惨敗結果しか
出せなかった指揮官に惜しみない拍手を送り、涙しているファンまでいた
その一方でGMである高田繁氏に対して「辞めろ」とボードを自作で作り掲げたファンを見かけた
このブログでも高田GMの最下位の責任については触れてはいるが
参考記事;敢えて中畑監督続投に賛成の立場から

多くのファンが中畑監督の責任より高田GMの編成における責任を言及している
「キヨシは悪くない、高田が悪い」と語るファンの方も多い
そこで今回はこの4年間の高田GMを考えていきたい
果たして高田GMは有能なのだろうか?無能なのだろうか?

 

▼実はGMとは名前ばかりだった日本ハム時代?

高田繁を現役時代から簡単に振り返る
新人時代より巨人のレフトのレギュラーとして活躍
新人王も獲得し、V9時代を支えたメンバーであった
しかし、長嶋第一次政権時代に張本勲が日本ハムから移籍してくると
「俺はレフトしかやらない。それ以外は渇だ」と言ったかどうか知らないが
その煽りを受けてサードに転向する
外野からサードにコンバートして結果を出せた選手は当時少なかったが
1年目からダイヤモンドグラブを獲得
サードのレギュラーとして再び巨人を支えるも
ここで何かの運命のように若手の中畑清にレギュラーポジションを奪われて引退する
引退後は日本ハム監督、巨人でのコーチなど現場の指導者として結果を出すが
彼を70になる現在まで野球界に携わさせているのは
2005年~2007年にかけての日本ハムでのゼネラルマネジャーに就任したことである
ここでのGMにおける高田の働きが当時から非常にメディアを初め評価された

では、そもそも
野球界においてGMの権限とは何か?
簡単にメジャーにおいてのGMの権限とは以下のものだ

チームのほとんどの権限はGMが有し、チームの編成や方針の決定、選手や代理人との契約交渉、トレードやドラフトなどの新人獲得のとき誰を獲得するか、あるいは放出するか、誰をマイナーリーグ 

などの下部組織から昇格させるかなど多岐にわたる。それらを球団オーナーから用意された予算の範囲内でこなしてゆく。(wikipediaより)

まあ、早い話が補強を含めた人事権に関してのすべてはGMが握っているということだ
日本ハムは北海道移転後、高田をGMに就任させメジャー型経営を目指し
当時の監督が外国人のヒルマン、メジャー経験者のSHINJOHの獲得なども相まって
高田GM就任の3年間で2度の優勝と日本一
それ以降もCS常連の強豪チームとなっている
高田はGMとして結果を出せたと言っていいだろう
しかし、高田一人の功績というには失礼なほど当時のハムには有能な人物が多かった
日本ハムが当時から現在も採用している選手評価システムいわゆる「BOS」の運用は
高田の実績というより当時の球団社長藤井純一チーム統括部長島田利一の功績である
むしろ、高田は現場経験をアドバイスしただけで
チームの方針や編成は藤井社長や部長島田が握っていたように思える
かと言って日本ハムでGMをやった経験は高田に多くの財産を与えたことは確かである
つまり、高田をGMに呼ぶことができればその球団は短期間で結果を残した
日本ハム型の球団経営のノウハウを学ぶことができた

▼DeNA初代GMとしていきなり滑った、工藤公康との交渉…

その日本ハム型のノウハウを
まず学ぼうと高田につばを付けたのがヤクルトスワローズだった
兼任監督として結果を出せず、営業的にも赤字になっていた古田を更迭したヤクルトは
高田を監督として三顧の礼で迎えた
ところが、指揮をとった2年目の春先につまずき
チームは最下位のまま出口が見えずシーズン途中自ら監督を辞任した
それからわずか2年後、再び新チーム横浜DeNAのGMに就任する
ヤクルトの監督就任を決めた62歳の時
「だから、65歳で区切りにしようと思ったんだ。そのトシまで野球に関わる事が出来ればもう十分だ」
(最後のクジラ 赤坂英一)

そう言った男は既に65歳を超えていた
高田の2球団目のGM職
最初の仕事は新球団の監督との交渉だった
既に当時のオーナー春田は非公式ではあるが工藤公康へオファーを出していた
この工藤との交渉は水面下で
正式に球団譲渡が承認される12月1日の1週間前あたりから始まっていた
しかし、工藤と高田の交渉はことごとく意見が対立
交渉の席で再三、高田は「従来のやり方とは違いますよ」
と監督に編成権がないことを伝えるも意見はかみ合わない
結局、新球団発表の記者会見からわずか3日後には交渉は決裂した

この時何が結局原因だったか当時のスポーツ紙の報道を見てもわからない
トレーナーの数の増員やヘッドコーチに達川を入閣させるか否かで揉めたなど書かれてはいるが
とりあえず高田は最初の仕事で失敗したということにはなる

▼監督の腹心を置いてやるのがGMなのでは…

そしてそれからわずか4日後には中畑清がベイスターズの新監督に決まる
この短期間での中畑就任は、高田主導によるものであるのはあきらかだ
DeNAの春田オーナーは、新監督の条件を再三「若い人がいい」と言ってきた
それが工藤公康から突然の58歳になる人間への監督要請
おそらく高田はかなり早い段階から工藤に見切りはつけ
工藤と交渉しながらも中畑への交渉準備はしていたのだろう
つまり
高田のDeNAでの初仕事は
いかに工藤を切り、中畑を就任させるのかということでもあった
しかし、工藤との交渉決裂の最大の原因となった達川光男ヘッドの入閣問題
高田は「監督とヘッドがバッテリーであること」に懸念を抱いてのことだったようだが

高田自身は監督業の過酷さから
「監督を裸で呼んではいかん」
「どんな時でも、というより、苦しいときこそ本当のことを話せる相手がそばにいないと、この仕事は務まらない」
(最後のクジラ-赤坂英一)

と理解しハムGM時代に
監督就任要請した梨田に現役時代の僚友、真喜志をコーチに呼ぶ事を認めている
また、中畑にも野手総合コーチの役職で二宮至を入閣させることを許している
(ファンからすれば、二宮って誰?って感じだったが)
工藤にとって達川がその本当のことを話せる相手ではなかったのだろうか

しかし、中畑に対しても高田は腹心を徐徐に遠ざけ
2年目まで1軍のコーチであった二宮は3年目から2軍のコーチへ配置転換
中畑の周囲には本当のことを話せる相手はいなかったように見えた
それが続投要請を受けながら中畑が辞任を決めた理由にもなった
参考記事;デーブ入閣を求めた、中畑清の失敗

もちろん、4年も監督業をやり馬場コーチをはじめ
信頼を作っておかけなければならないのであって
いつまでも自分の腹心がいないというのも甘えにも見えるが
それでも、監督業の過酷さを知っている
高田だっただけにわかりやすい救い舟を出してあげても良かった
特に4年間常に1軍でベンチに入っていたコーチは
先日退団を発表された馬場だけであった
この状態で若手のコーチを育成しろというのも酷だろう
この4年間で徐徐に高田と中畑に距離ができたのは理解できる


▼失敗と言われた補強も実は成功の方が多い?

では、中畑野球の4年間、補強の面で高田は功績はあったのだろうか
これは失敗が多かったと見る向きがあるが
私は高田GMはじめ球団の補強は概ねこの4年は成功したと見ていいと思う

2011年オフ~開幕まで

トレードで武山⇔後藤(西武)
ジオ、菊地和正、林昌範、ラミレス、小池正晃、鶴岡一成、藤井秀悟、サラサ-
武山と後藤のトレードはTBS時代から進んでいたトレードといえなくもないが
自由契約やFAで補強した選手はサラサ-、ジオを除けば
この時補強した選手は
皆活躍した選手または現在も活躍している選手だ
もちろん、当初言われていたホールトンや杉内は獲得できなかったが
悪くない補強だった
しかし、悪くない補強程度では強くならないチーム
12年のシーズンは開幕当初から貧打で投壊
ここでシーズン途中から2人の助っ人を獲得する
投手では、クレイマー
野手ではルイーズ

しかしクレイマーはノーコン投手でファンがクレームを言ってやりたい成績

ルイーズに至っては現場の「外野が守れる右打者」の希望と違う
「外野を守ったことがある右打席に入るだけの人」だった

さらに現在も史上最低の失敗と言われる

藤田と内村のトレード

現場よりも編成よりも誰よりも一番ファンが評価していた藤田に
誰の評価が一番正しかったかを東北の地で証明させただけのトレードとなった
それでもおそらく藤田は横浜にいてもサブ選手としての使われ方をされなかっただろうから
放出は止む無しだったかもしれない
問題は藤田の交換相手がなぜセカンドの内村だったのかという意図
まだ投手を獲得した方が交換相手が活躍できなくて失敗に終わっても
意義のあるトレードだっただろう(私自身は内村は好きな選手である)

それでも1年目の補強は
シーズン途中での失敗はあったが
新球団としてはまあまあの補強で終わったと見てよい
そして2013年のシーズンに向けての補強
12年のオフには中日から高木守道体制を嫌った
ブランコ、ソーサ、ソトを獲得し
ホークスとのトレードで多村、吉川、神内を獲得
福留の補強には阪神とのマネーゲームに敗れたが
代わりにナイジャー・モーガンを補強した
日本ハムとのトレードで土屋を獲得したのは、ただ横浜高校OBを集めたかっただけに見えたが
中日からの3人強奪は今までのベイスターズには見られないいい補強だった
しかしこれに関しては高田の功績というより
見えないチカラが高木守道体制に横やりを入れてくれた結果もあったようなので
高田手腕といえるかどうか

さらに横浜高校を集める人事も、前TBSの生き残りが仕掛けたようで
一体この12年オフどこまで高田の独断で補強したものがあったのか見えてこない
むしろこのシーズン高田らしい補強と思われるのはシーズン途中の補強
これはコーコランというクレイマーより若干良かった選手の助っ人補強については置いといて

長田と渡辺直人のトレード

この時多くのベイスターズファンが人気の渡辺直人の放出に怪訝だったが
開幕から結果が伴わず
遊撃手として山崎ノリ、白崎、そして梶谷といった若手がいた以上
出場機会のない渡辺を放出して足りないリリーフ陣を補強したという点において
藤田と内村のトレードよりは100倍理にかなった補強である
ちなみに私は高校の先輩にあたる長田を獲得したことについて一人喜んだ
このトレードは2人とも新天地で活躍しているのを見ると
高田の編成の巧さが際立ったまさに理想的なトレードだろう
オフの補強と長田の活躍もあり、この年チームは最下位を脱出することができた

 

▼ベテラン軽視の補強

そしてCSを本気でとりにいかなければならなかった14年
13年オフには西武涌井の獲得がファンの間では予想された
しかし高田は阪神から久保の獲得に動く
久保の補強には若干ファンも驚いたが
阪神を出たい気持ちが大きかった久保を割と簡単に補強できたように見えた
このあたりは、マネーゲームになるライバルが参加しない計算できる投手を獲得した
高田の手腕は大き評価できる
そしてバルディリスの補強
サードのレギュラーだった中村がいたにも関わらず補強する
またこの時期同時に鶴岡、中村に契約更改の場で
「保留するなら放出する」という、厳しい交渉をしたと報道される
世代交代を進めるためのベテラン軽視とも思われる高田のやり方には理解できないこともないが
メジャー帰りのベテラン39歳の高橋尚を獲得
そして鶴岡がプロテクト漏れで阪神に移籍し
ノリが14年のシーズンでの言動でオフに戦力外されることをみても
今年引退セレモニーまでした高橋との対照的な扱いには
高田に編成の理念などあるのか大いに疑問を持つ
しかし、このオフの最大にしてはじめて成功した例が
モスコーソの補強

実は高田はこの2年DeNA独自でスカウティングした助っ人はことごとく失敗した

モーガンを失敗と呼べるかは微妙なところだが
日本の他球団から補強した選手以外は成功していない
これは、TBS時代からの外国人スカウティングの失敗から
主力となる助っ人についえは概ね日本で結果を出した選手を優先的に補強するという
高田の編成であったが
このモスコーソは独自のスカウティングで成功した例でこの年9勝をあげる
ホエールズ、ベイスターズ通じて一番活躍した助っ人投手を言える
そして肝心のシーズン中の補強ではキューバからグリエルを補強する
しかし、これは高田の関与ではなく
池田社長を中心とした球団の企画のひとつとしての補強なので
戦力面より集客重視の補強だ
ただ、13年も14年も概ね成功と呼べる補強をしている

それは今年2015年に向けた補強をした
14年オフのロペスなどの補強でもそうだろう
高田大成の補強は失敗続きと評価するファンが多いが
決してそんなことはないと言える

しかし、ここでも紹介したようにDeNAの補強で
高田が主導してした例は意外に少ないようにも思える
編成面で果たして高田はどの程度役に立っているのかと疑問を持つ
しかし、ドラフトにおける編成は成功している


▼3年連続成功の部類と呼べるドラフト

ドラフトではDeNAが参加してからの
2012年 1位白崎 2位三嶋 3位井納 4位赤堀 5位安部 6位宮崎
2013年 1位柿田 2位平田 3位嶺井 4位三上 5位関根 6位山下峻 育成1位砂田
2014年 1位山崎 2位石田 3位倉本 4位福地 5位山下幸 6位百瀬 7位飯塚

3年のドラフトざらっと書いたが
毎年3人以上が1年目から1軍でそれなり結果を出しているところは
今までのドラフトではあり得なったことだろう
特に2001年の吉川、森を自由獲得枠を使ってまでとったドラフトとは比べものにならない
これは高田を中心に新人スカウティングが巧く機能していると言える結果だろう

ただ、一方で即戦力にあまりに偏りぎているドラフトはその場しのぎで未来への可能性が広がらず
結果的に最下位で終わっている現状では必ずしも成功とも言えないかもしれない
また若手選手が多く台頭したこの4年間に育成は
高田が日本ハム時代に学んだ「BOS」をうまく運用できた成果であろう
13年のドラフトで獲得した関根や11年ドラフトで入団した乙坂などは最たる例だ
しかし、これもまだ大きな成果が出たとは言えない

結局この4年間の編成を評価するのは難しい

 

▼4年間の低迷の責任は高田一人が負うものではない

それでも、11年までの暗黒期間を抜け
ペナントレースに参加できる球団にしてくれたのは
完全に死んでいた球団の編成を
立て直しつつある高田の功績を呼んでもいいだろう

もちろん実際は、高田だけではなく多くの球団関係者ではるが…
だからこそ、この最下位をいう結果に

「高田が悪い。中畑清は被害者」という考え方はズレていると言っていい
今年来なかったグリエル資金の有無や松坂積立金はいずこへという問題は
親会社DeNAの球団資金との兼ね合いであって
高田はじめとする編成だけではどうにもならなかった話とも言える
かと言って球団にいかに金を出させて編成するのが
GMの仕事でもあるということは言っておかなければならないことだろう
それでも私は充分CSに進出できる補強を球団はしたと思う

では、最下位の責任はどこにあったのか…
次回はその最大の原因とも言える中畑采配について考えたい
ここまで読んでいただきありがとうございます

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