5代目 背番号0 山崎憲晴 ~器用貧乏選手の泥臭い生き方~


「器用貧乏」
なまじ器用であるために、あちこちに手を出し、どれも中途半端となって大成しないこと
また器用なために他人から便利がられてこき使われ、自分ではいっこうに大成しないこと

あまりいい時に使われる言葉ではありません
しかし、器用貧乏になることで自らチームの縁の下の力持ちになり
プロ野球という競争社会に生き残ろうと選手がいます

それが2009年から現在まで背番号0をつけている山崎憲晴です

歴代選手紹介背番号0編
最後の選手
山崎憲晴について書いていきたいと思います


▼ルーキー開幕試合、猛打賞の衝撃的なデビュー

山崎は埼玉栄高校時代、甲子園出場を果たせなかったものの
安定した守備とシュアな打撃を評価され
横浜商科大学では1年時からレギュラーとして活躍
4年時には、リーグで首位打者も獲得しています

2008年横浜ベイスターズからドラフト3巡目で指名を受けます
当時のベイスターズはサードには不動の村田がいるものの
生え抜き遊撃手の石井琢朗が戦力外を受け
固定されたレギュラーはいなかったために
山崎の1年目からの活躍を大いに期待されていました

そしてチャンスは1年目の開幕戦から回ってきます
4月3日開幕戦
この年のWBCの第2ラウンドで肉離れを起こした
村田の代役として8番サードで先発出場

中日の開幕投手浅尾からセンターにプロ入り初ヒットを放つと
この日だけで3安打
この日チームの放った5安打の半分以上を山崎が打ちました

村田復帰後は控えに回りましたが
セカンド、ショート、サードと守れるユーティリティーぶりは重宝され
1年目で69試合に出場します

▼器用貧乏なりに選んだ捕手挑戦
2年目の2010年は、レギュラー獲得も期待されましたが
藤田、石川、カスティーヨといったライバルに後れをとり
49試合の出場
翌2011年には楽天から渡辺直人が移籍し
出場機会はさらに減り21試合

ルーキー時代「石井琢朗の後釜」として期待されていたショートの
守備機会は2010年~2012年の3年間でわずか6試合でした

山崎が出場機会を減らしている間に
チームではライバル石川がキャプテンとして心身共に成長

また2012年から指揮をとる中畑監督は
若手の梶谷に遊撃手のレギュラーとして大きな期待をかけ
さらに藤田とのトレードで守備面も足も山崎より力のある内村の移籍など
山崎を取り巻く環境は日に日に厳しくなります

2013年、チーム事情で捕手2人体制をとらざるを得ない現状から
中畑監督は山崎が高校時代1年間捕手の経験があったことに着目し
緊急時での第3捕手としての役割を山崎に求めます

山崎自身、高校大学そしてプロと内野で多くの試合に出たプライドもあっただろうし
2012年には内野で失策が0だった自信もあったでしょう
さらに緊急時の第3捕手ということになれば
ベンチにはいても
出場するのは
終盤や延長に入ってからに限られてきます

それでも、チームに求められていることを1番に考え
プライドを捨てて、器用貧乏と言われることを承知で
この第3捕手の役割を承知します

2013年以降
イニング間の投手とのキャッチボールで山崎が捕手役をするのを
ファンは多く見かけることになります

▼器用貧乏からユーティリィティープレイヤーに
しかし、第3捕手としてベンチを温める機会が多くなるかと思いきや
山崎は2013年覚醒します

課題だった打撃が向上
試合前の練習でも鋭い打球を放つのを見た中畑監督に
「山崎をどこかでスタメンで連続して使っていきたい」と言わせるほど

幸か不幸か石川の態度に怒った中畑監督による無期限2軍降格もあり
山崎は5月18日のハマスタでの日本ハムとの交流戦でスタメン出場
この試合で山崎は逆転2塁打を放ちプロ初のお立ち台を経験

お立ち台が初めてで勝手がわからなかったせいか
ヒーロー選手が投げ入れるヒーローバズーカ-で
プレゼントをハマスタ場外に飛ばしてしまい
それを場外で歩いていた私の友人が拾ったという珍事もありました

この試合での活躍で
中畑監督は遊撃手のレギュラーとして
山崎をスタメンで起用する機会を増やし
それまで遊撃手のレギュラーだった石川は
昇格後セカンドに再コンバート
セカンド石川ショート山崎の二遊間となりました
また、この年の9月には
2番ファーストでスタメン出場し内野全ポジションでの先発スタメンを達成

器用貧乏から本当のユーティリティープレイヤーへと成長します


▼遊撃手のレギュラー争いを勝ち残るために

自己最多の115試合に出場した2013年に続き
2014年は、遊撃手のレギュラーを獲得すると開幕前から宣言し
ライバル白崎との激しいレギュラー争いを開幕から演じます

しかし
この年からヘッドコーチとしてベイスターズに復帰した進藤達哉コーチと
中畑清監督の初回から送りバントをし、確実に得点圏にランナー送る戦術に

この年7月21日に1試合4犠打を決めた山崎の犠打の巧さがマッチし
2番に固定されます

さらにはサードバルディリスやセカンドグリエルといった
スペイン語圏の助っ人選手とコミニケーションをとるために
積極的にスペイン語圏を学ぶなど
内野の要として奮闘し
14年も115試合に出場します

遊撃手のレギュラーを不動のものにしたかのように見えましたが
今シーズンはルーキーの倉本や白崎の成長で出場機会は激減
わずか25試合でシーズンを終えました

▼山崎を巧く使う事がチームの浮上の鍵を握る
個人的には山崎は、好きな選手の一人です
人の良さそうなマスクでファンへの応対も素晴らしく
自分を押し殺してもチームの勝利を1番に考える姿勢など
正直、なぜ彼をキャプテンに指名しないのかなとも思ってしまいます

2014年FANBOOKによれば
ヤクルトの宮本にも積極的に質問し、向上心もある選手なだけに
この選手がもう1枚2枚皮がむけると
ベイスターズの長年の遊撃手問題だけでなく
チームのCS進出も現実的なものになる気がします

彼に注文をつけるのなら
守備固めで出てくる割に遊撃手の守備率が低いことや
代走で使われるほど走塁がうまくないこと

それでも
チームの勝利を最優先に考え自己犠牲も喜んでする姿勢は
チームでもナンバー1と言えるでしょう

次期監督はこの山崎をどこまで巧く使えるかがチームを浮上させる鍵だと思います

今回で歴代選手紹介背番号0は終わりです

個人的には歴代背番号0選手でベイスターズナンバー1選手は
長年背番号0をつけ現在もコーチとして奮闘する
万永貴司にMVP No.0を与えたいと思います

次回からは背番号1をつけた選手を紹介したいと思います

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