1998年5月4日 対中日4回戦 苦手野口から尚典の一発のみ 


98年優勝したベイスターズは
結果的に2位中日に4ゲーム差をつけて優勝する

しかし9月まで、いや10月1日2日の連戦まで
どちらが優勝するかわからないほどデッドヒートを繰り広げる
終わってみれば6月以降ベイスターズは1度も首位を明け渡すことはなかったが
この年の中日戦、ベイスターズは14勝13敗1分けと苦戦する
前年の97年は19勝8敗と大きく勝ち越せていただけに
なぜ、この年ここまで苦戦したのか…

まず、その要因のひとつとして
中日は97年より狭いナゴヤ球場から広いナゴヤドームに本拠地が変わり
大豊、山崎、パウエルといった一発長打の打者を並べ
本塁打を量産する野球が通用できなくなってしまった

ナゴヤ球場であればフェンスオーバーなあたりも
ナゴヤドームでは外野フライになる
結果97年最下位に終わる
星野監督はナゴヤドーム仕様の野球をするために大改革に動く

まず、96年まで3年連続首位打者のパウエルを自由契約にする
代わりに韓国のイチローと呼ばれた俊足巧打のを獲得
さらに94年横浜ブラッグスとの争いの末本塁打王を獲得した大豊
正捕手中村の下で外野を守らされる機会のあった矢野
交換要員に
阪神から関川と久慈を獲得する

大豊は既に三振が多くなり一発の魅力も半減してきただけに
広いナゴヤドームにはあわなくなっていた
そして代わりに巧打者で守備も安定している関川、久慈を獲得する

特に関川は阪神でこの頃は捕手を任されることが多かったが
星野監督は、最初から広いナゴヤドームで外野手を任せることを決めていた
関川のこのコンバートは見事に当たり、99年の中日の優勝に大きく貢献する

一方、阪神に移籍した大豊やパウエルは期待していたほどの戦力にはならなかった
それでも矢野が阪神の正捕手に成長したことを考えれば
このトレードは理想的なトレードだったと言えるだろう

さらにベイスターズが中日に苦戦した理由はもうひとつある
それが中日の左腕野口の成長

この野口に98年ベイスターズは苦労する
既にこのシーズン4月19日のハマスタで負けている

野口を打ち崩さないことにはベイスターズの38年ぶりの優勝はない

その野口に対峙した5月4日の試合を振り返る
この日の両チームのスタメン

ベイスターズ
6石井琢朗
5進藤
7鈴木尚典
4ローズ
3駒田
8野村→畠山
9佐伯
2谷繁
1マホームズ

ここまで勝ち星のないマホームズが先発
偵察メンバーの野村のところには畠山が入る

ドラゴンズ
6李
4久慈
7立浪
5ゴメス
8関川
3山崎
9井上
2中村
1野口

移籍してきた関川は5番センター
セカンド久慈は遊撃手の李の酷い守備をよくフォローしていた

試合を振り返る
ベイスターズ先発マホームズは相変わらず制球が悪いが
彼の制球の悪さは味方の守備をイライラさせる以上に
相手の打線さえイライラさせるようなところもあり
相手がボール球を空振りするシーンが目立つ
4回までマホームズは中日打線を無失点に抑える

一方、中日野口は不思議と琢朗や尚典の左打者に安打を許すが
進藤、ローズ、駒田をしっかり抑え得点を許さない

5回表、野口のストレートを尚典が天才的なスイングでスタンド運ぶソロ本塁打で先制する
しかし先制してあげると直後に打たれるのがマホームズ
その裏四球とワイルドピッチでランナーを貯めると関川、山崎、井上の3連打で3失点
5回を投げ終わって降板
6回から登板した西、関口、阿波野、横山と得点を許さないが

7回からの中日は落合が登板し2イニングをパーフェクト
9回に守護神ソンの前に尚典がこの日4安打目となるヒット、4番ローズも続き
1死1、2塁とチャンスを作るも駒田、畠山と凡退し試合終了

野口相手に連敗となった
それでも野口相手に10安打を放ったベイスターズ打線であったが
尚典の4安打、琢朗3安打と2人で7安打を集中後続が続かず14残塁
マシンガン打線は、文字通りマシンガンだったが無駄打ちも多かった

ベイスターズはこの日試合後東京に移動し
翌日から東京ドームで巨人との3連戦を迎える

次回は翌日の5月5日に巨人戦を振り返ります

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