1998年5月6日 対巨人5回戦 阿波野・荒井移籍組が演出した逆転劇


88年「10・19川崎球場」

プロ野球ファンであれば誰もが知っている涙の物語
近鉄バファローズが見せた
世間の眼不人気パリーグに向けさせた伝説の日
今も多くの野球ファンの中で記憶として生き
さらに当時生きていなった若いファンにも歴史的試合として語り継がれています
しかしその1年後
パリーグ制した近鉄は世間から敵役として見られます

89年日本シリーズ第3戦
試合

ヒーローインタビューに立った
近鉄先発加藤の巨人に対する挑発的なコメント

試合後のベンチ裏では
新聞記者が無理やり加藤を敵役に仕立て上げるために
「ロッテよりも弱かったですか?」
と聞かれた加藤は
その質問に応えたわけでもなく
相槌を打っただけなのに

「巨人はロッテより弱い」
と新聞の見出しになり
あたかも加藤がそう言ったように報道され
近鉄は巨人に4連敗する

近鉄加藤の失言が巨人の4連勝を生んだと言われる有名なシリーズだが
しかしこのシリーズには逸話がある

実は3連勝した近鉄権藤投手コーチは
第4戦の先発を第1戦投げたエース阿波野に打診している
「短期決戦では流れが大事、一度負けるとズルズルいきかねない」
そう読んでいた権藤は
敢えて中3日でエース阿波野を登板させ一気に日本一を勝ち取ろうとした

江夏の21球など日本一を達成できなかった近鉄
権藤が流れが変わる前に日本一を決めたい気持ちはファンでもわかる

しかし4戦目の先発を打診された阿波野は
「まだ投げていない投手もいるんで僕はいいです」
とやんわり4戦目の先発を拒否している
権藤も無理に先発をさせなかった

油断とも言うべき2人の決断は、
結局1年前
近鉄の味方であった世間に回し
3連勝から4連敗という不名誉なシリーズの記録と記憶をプロ野球ファンに残してしまう

このシリーズの第7戦
巨人を日本一に導いたのは駒田の本塁打
そしてこの年引退を決めた中畑もこの試合で本塁打を打っている

今考えれば後にベイスターズに大きく関わる選手達がいたシリーズだった…

阿波野はこのシリーズ以降
肩や肘を痛め本来の投球が出来なくなり
近鉄のエースの座を野茂に譲り
95年には巨人に移籍する

しかしその巨人でも阿波野は勝てず
引退も脳裏にちらつく

そんな時ベイスターズの監督に就任した権藤は
97年オフ
永池を交換要員に巨人から阿波野を獲得する
「『昔の名前で出ています』は、荒木の時に失敗したじゃないか」
という厳しい声もある一方
「燃え尽きた感じがしない」
と阿波野復活に賭けた権藤の決断だった

一方、90年代前半セリーグをプロ野球を
大いに盛り上げたのは野村ヤクルト
データ重視のID野球を掲げ
常勝西武と2年連続日本シリーズを戦った

そんなヤクルトの2番打者として
チームを支えていたのが荒井幸雄
横浜商業高校、実家は横浜市金沢区の野島の漁師
小さい身長で
決してプロ野球選手には見えない体ではあったが
小技も利き意外性の一発もあった打者だった
新人王も87年に獲得している

そんな荒井幸雄も
96年に近鉄に移籍し97年戦力外を受けている
波留が脱税関与で開幕に間に合わないこともあり
荒井は地元の球団に拾われる

奇しくも、阿波野のトレード発表と荒井の獲得は同じ97年12月5日に発表された

後のないベテラン2人が活躍した試合が
5月6日の東京ドームでの巨人戦だ
この試合は、この年多く起きる大逆転劇の序章ともいえる試合だった

今回はその試合を振り返る
両チームのスタメンは次の通り

ベイスターズ
6石井琢朗
5進藤
7鈴木尚典
4ローズ
9佐伯
3駒田
8井上
2谷繁
1戸叶

この時点でほぼベストメンバー
2番打者は自分には合わないと話している進藤は
2番をここ数試合連続して任されている
先発はここまで1勝3敗の戸叶
巨人の先発桑田対策に昨日に続き左打者を並べる

ジャイアンツ
5後藤
7清水
8松井
3清原
4ダンカン
6元木
9高橋
2杉山
1桑田

サードにはこの年初めて1番で後藤を入れる
波留の離脱で打線に苦労するベイスターズと同じように
巨人も仁志の怪我で打線に組み替えに苦労する

試合はベイスターズ先発戸叶の乱調で始まる
初回1死から2番清水がライト前ヒットで出塁すると
松井にデッドボールを与えると続く清原にも四球
1死満塁としてしまう
迎えるダンカンにはカウントを悪くし
目を瞑って投げたかのようなボールが真ん中にいき
満塁ホームラン
初回に4失点し戸叶は試合を壊してしまう

桑田相手に初回から4点のビハインドは苦しい
それでもすぐに2回表ツーアウトから
駒田に珍しくスリーベースが出て続く
井上がタイムリーを打つ1点を返す

3回まで先発戸叶は3安打2死四球の4失点
初回以外はしっかり無失点に抑えていたが
巨人の先発は桑田だ
そうそうチャンスはない

4回表
2死1、2塁の場面で戸叶に打席が回ると
権藤は直ぐに動く

戸叶に代えて代打荒井幸雄を起用する

荒井は野村ID野球を支えた2番打者と言っても信頼はされていなかった
サインを間違い野村監督から怒りを買い全国中継中に頭を叩かれるシーンが映ったこともあった

96年に近鉄へ移籍している
そして97年古巣ヤクルトが日本シリーズを戦っている頃
戦力外通告を受けている

拾ってもらった球団で何としても結果を出したかった荒井
打席に向かった荒井は桑田のストレートを引っ張りライトスタンドポール際へ
これが同点スリーラン

プロ野球生活最後になるであろう球団として
荒井が選んだ地元のチーム
そのチームを38年ぶりの優勝に導くため
ベテラン左打者が意地をみせたゲームは振り出しに戻る

しかしリリーフ陣が踏ん張れない
2番手関口は4回裏に
元木にヒット、続く高橋にタイムリーツーベースを打たれ勝ち越しを許す
5回にも3番手横山がダンカンにタイムリーを許しさらに1点を失う
6-4
ベテラン荒井が振り出しに戻した試合は
踏ん張れないリリーフ陣によって水を差されてしまう

それでも6回島田、7回斎藤隆と無失点に抑え2点ビハインドのままで
ゲームは終盤を迎える

8回裏
7番高橋から始まるこのイニング
マウンドには阿波野が向かう

この9年前、この東京ドームでの日本シリーズ
第4戦での先発を回避し
第5戦に登板した阿波野は負け投手になっている

ベイスターズ移籍後
「近鉄時代の阿波野を思い出せ」
と常々権藤に言われ
「短いイニングであれば全盛期の球を投げられる」
そう権藤は判断し阿波野を1イニング限定のリリーフ投手としての役割を与える

阿波野は、この試合高橋、杉山、金石と3者連続三振を奪う

荒井幸雄に続き
同じ移籍組のベテラン阿波野もチームに活を入れる

すると9回
7回に犠打を失敗した進藤
金石から逆転スリーランをレフトスタンドに放つ
参考記事;初代背番号1 進藤達哉 後篇 

実は9回に入る前に
地上波の中継は終わっており
この頃CSなんかに入っていない私は
ラジオのニッポン放送でこのホームランを聴いた
非常に興奮したのを覚えている

劇的な逆転劇

リードした9回裏は
大魔神佐々木が締めて勝利する
そして阿波野は
この日5年ぶりの勝利を手にする

98年のベイスターズが起こした数々の奇跡の逆転劇
振り返れば思い出されるのは
7月15日の佐伯のボーク打ち直しホームランがあった試合
同じ月の12日の帯広で9回に6点追いついた試合(結果引き分けでしたが)
を思い出すだろう

しかしこの5月6日の逆転劇こそ
その全てに繋がっていたように思える

その流れはこの日活躍した
2人の背水の陣のベテランが作ったものだった
そしてこの日を境にベイスターズは優勝に向けて走り出す

5月6日 対巨人5回戦@東京ドーム
ベイスターズ7-6ジャイアンツ
勝;阿波野1勝
負;金石2敗2S
S;佐々木5S
観衆;55000人
試合時間;3時間54分

翌日もベイスターズは
この日の殊勲者進藤の活躍で試合を決める
次回はその5月7日の試合を振り返ります

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