ベイスターズファンである事の誇りを与えてくれた三浦に200勝を!!


昨日のスポーツ紙の記事に
ラミレス監督、41歳番長に200勝指令と出ていた
山本昌が50歳で引退したことを考えれば来年42歳の三浦にはまだ8年ある
現在172勝の三浦が先発で毎年8勝ずつ上げれば200勝に到達するとラミレス監督は話した

この記事を見て「それは無理だ」と思った方はベイスターズファンではないだろう
私は200勝をすることは球団が後押しすれば(邪魔をしなければ)可能な数字だと思う
後28勝、今の三浦であれば3年で十分到達する数字だろう
おそらく、ほとんどのベイスターズファンは
三浦が200勝を今からあげることを可能と考えているはずだ

三浦は200勝を本気で目指すべきだし、達成するまで辞めるべきではない

今の彼は
チームのことを二の次にして
自らの勝ち星に貪欲になって
残り28勝を自己中に求めていい権利
があるし
三浦の200勝を後押しする義務が球団にはある

▼三浦がローテ6番手?まだまだエースだろうが
来シーズンのベイスターズの展望として先発投手陣について話す時
こんなことを言う職場の知り合いがいる
「シーズン当初は若手でローテを回し、三浦は2軍で準備してもらって困ったら昇格させて助けてもらえばいい」

彼は三浦を6番手、7番手の先発ローテと計算している
はっきり言って私からすれば
「はぁ?」

それは三浦をはっきりいって過小評価しすぎだろう

いや
今のベイスターズの若手投手陣を過大評価しすぎなのだろうか

今の三浦は体力的にも技術的にも精神的にも十分通年ローテで働くことができる

何より三浦以上に働く若手投手はこの球団にはいない

今年の三浦の勝ち星を知っているのだろうか?
6勝
これは久保に続いてチーム2番目の勝ち頭
ちなみに14年シーズンは5勝でチーム5番目だが
13年と12年シーズンは9勝でチーム1番の勝ち頭だ

期待される若手の投手といわれる某達は
14年を除けば
三浦以下の成績しか残していない

冒頭の同僚の発言の

「困った時に三浦にローテに入ってもらって助けてもらえばいい?」

この球団は毎年困っているということだろうか…違う!

三浦がエースなのがこのチームの現状なのだ
認めなくてはならない!!

もちろん、そのように言うファンの方々も
三浦を評価していないわけでないことは重々承知している
むしろ、三浦に長く現役を続けて欲しいからこそ
1年間ローテで中5日や6日で回して
疲労をためて体を痛めて引退となって欲しくないから言うのだろう

私も三浦を中10日で通年ローテで回せればいいなと思うことはある
しかし、そんな悠長なことを言えるほど先発投手は揃っていないし
三浦自身も中6日で回る方が調整しやいだろう

今シーズン、雨で先発予定の試合が流れた時
三浦をスライドせず中10日以上空けたことがあったがそういう時は調子を落としていた
ベテランだからこそ間隔はあけないほうがいいのかもしれない
来シーズンも三浦にはローテの柱になってもらうことになるだろう

▼私が中畑清を好きになれない三浦軽視事件

しかし、球団はどうも三浦を早く辞めさせがっているようにも思える

それは2014年シーズンのキャンプ前
当時の監督中畑清はある時
「今季は若手を中心にした先発ローテションを組んでいく」と公言し
そこでローテの候補の名前あげたがそこに三浦の名前がなかった
そのことに翌日三浦があるイベントで反発したら
それを受けて中畑は
「大輔があの感じで怒ってくれたら思うつぼ!そういってくれて先発争いが激しくなれば嬉しいとコメントしたが
これには「逆だろ!?」と思った

たとえば先発ローテの名前に
期待する若手の三嶋、井納の名前を出さずに彼らの反骨心を養うならわかる

しかしベテランの、しかも前年勝ち頭のエースの名前をあげず
後日反発されて「思うツボ!」では、ベテランを馬鹿にしてるとしか思えない
それまでの過去2年間三浦を柱にローテを組んでおきながら、これはない
もちろんこの4年の発言を全て拾えば
中畑監督が三浦を選手としても人間としても尊敬の念を持っているのはわかっているが

どんな事情や考えがあったにせよ、これは有り得ないと思っている
この出来事以降
私は中畑清という人間を多くののファンの方のように好きにはなれない
だから、申し訳ないが、「きよし~ありがとう」とは最終戦言わなかった

そしてこの中畑監督の三浦軽視の裏には
球団の編成が三浦を早く引退させたいのかなという不審さえ私は持った

多村、金城、多少の自業自得もあったにせよ中村ノリのように
この球団は三浦にも肩たたきをしたいのだろうか…
三浦に兼任コーチを任せてことも引退を早めたいのだろう…

コーチをすれば現役投手としての調整時間奪うことにもなる

球団は三浦にいかに長く現役を続けさせるかを本来は考えるべきだろう

▼ベイスターズファンである誇りを与えてくれた三浦大輔
三浦が悔いなく引退を迎えることは出来ないのだろうか

この球団は「選手の世代交代」を考えているという
そのためか
ベテランに対しては非常に冷たい対応をこの4年間とってきた

ファンの方の中にも
チームを強くするために球団の世代交代に理解を示す方もいるようだが

ただ、言わせてもらえば98年の主力メンバーがベテランに差し掛かり
世代交代を謳い、放出や引退をさせた後この球団はどうなったか

現在まで超低迷時代が続いている

世代交代はチームが上位争いをしていれば(せめてCS争いをしている4位にでもいれば)
意味を為すかもしれない
しかし最下位の低迷チームがベテラン功労者を切るのは
世代交代ではなく単なるリストラ

考えてみれば今回監督に就任したラミレスもこの球団のリストラで切られた選手だ
彼が構想外の要因の一つになった守備が悪いことなど
ラミレスの守備の悪さなど獲得した時に既にわかっていたことだろう

遊撃手の名手藤田を放出し
外野を守れる助っ人として内野手のルイーズを獲得し
内野手の筒香をレフトに転向させるなどしてきた
この球団が
守備が悪いことを理由に選手を切るのはチャンチャラおかしいことだった

選手に対してリスペクトを持つラミレス監督なら
三浦をローテの中心としてそしてベテラン功労者であることを考慮しながら
うまく起用し勝ち星を増やしていったくれるだろう

そして、球団は
もし三浦自身が「引退したい」と言っても
「200勝するまで辞めるな」と突き返し引退を認めないくらいのことをしてもいいくらいだ
そして三浦を愛する多くのベイスターズファンは
彼が200勝をあげるのに喩え何年かかろうと応援し続けるだろう

「横浜を出る喜びを感じた」
「巨人への気持ちを押し殺してベイスターズに入った」
など
FAで出て行った選手が新天地でベイスターズについて悪く言うのを聞くたびに
ベイスターズファンはベイスターズファンであること誇りを失いかけていた

そんな時期の2012年7月4日
通算150勝をあげヒーローインタビューで
「横浜に残って良かったです」
と叫んだ三浦大輔の姿に私は涙が止まらくなった

彼のその発言が
横浜ファンであることに誇りを再び与えてくれた
同じような思いをした多くのファンがスタジアムにもテレビの前にも居たことだろう

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今度は我々ファンが
彼に
ベイスターズの選手で良かったと思える誇りを与える時だ

それにはたとえ球団が邪魔しても
彼の200勝を
ファンが後押しをしなくてはならない!!

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  1. >30年目のファンさん
    返信がおくれてしまいました
    遠藤の引退試合というと大洋ホエールズのラスト試合を観戦されているんですね~
    三浦は谷繁隆の引退で大洋のマリンブルーのユニフォームを着た唯一の現役選手になってしまいましたね
    彼が08年残留した時ほんとに多くのファンが救われたと思います
    あの年は琢朗や尚典がユニフォームを無理やり脱がさせられた時だっただけに三浦までベイスターズを去ればほんとに私はこの球団を応援するのをやめていたかもしれません…
    三浦がいるから、まだこのチームを見捨てず応援しているオールドファンの方も多いでしょうね
    98年の日本シリーズでは四球連発で降板しただけに今度こそ日本シリーズの舞台で投げさせてあげたいです
    本当なら今年、日本シリーズも夢ではなかったはずなんですが…(まともな監督ならいけたでしょうね)
    今の若い選手が必要なのは、文句を言わず黙々とチームのために投げる三浦の姿勢を学ぶことなんですが、口だけは達者で行動が伴わない選手ばかりの気がします
    そして、そんな若い選手がこのチームにも多いのは、甘い体質の球団、首脳陣
    そしてファンにも、もしかしたら責任があるのかもしれませんね
    三浦が200勝できるように若い選手には支えて欲しいんですが…
    ラミレス監督がどこまで三浦が200勝するのを支える起用ができるのか、見極めてたいですね

    ありがとうございます

  2. おはようございます。お久しぶりです。
    副会長さんが戻られたのですね。といっても、私は以前のブログを存じ上げないので、初めまして。懐かしさと薄れた記憶を思い起こしてもらえる記事、期待しています。
    三浦も気がつけば球界最年長選手になってしまいましたね。遠藤の引退試合を観に行った私は、同時に三浦のプロ初登板も見ているので、感慨深いものがあります。あの時はとうとう年下のプロ野球選手が現れてしまったかと別のショックを受けたものでした。
    1度大きな手術をした以外、目立った故障もなく、本当によく投げ続けて第一線で活躍し続けている姿には、感銘や尊敬といった言葉では足りない感情があります。
    そして、やはり2008年のFAですね。残留会見での三浦の「横浜が好きだから」の言葉に救われたファンだって多かったはずです。同じ年に、自分がいなくなったらどうなるか予想できていたにもかかわらず、FAを行使し、ファン感謝デーにも出席せず、肉声で挨拶ひとつしないままいなくなった相川とは全てが対照的でした(個人的には内川や村田の移籍より、相川の移籍の方が許せないままでいます。)
    1998年の日本シリーズで敗戦投手になった三浦は、あの年のメンバーの中で唯一、1998年に心残りのある選手なんですよね。そんな三浦のことを、特に中畑は管理人さんのご指摘通り、意図的にローテーションから外そうとし、若手をエースにしようと画策していた感がありましたね。所詮「つくられたエース」は長続きせず、結局三浦に頼らざるを得なくなりましたが、そのたび手のひらを返して三浦を称える中畑に呆れたものでした。三浦は律儀なので、どんな指揮官にもしっかりと仕えるのですが、この4年は本当に気の毒でなりませんでした。
    三浦の200勝は三浦一人では到底達成できません。そして、三浦が誇り高い投手であるからこそ感じるのですが、三浦は自分がチームの力になれない、そして自分よりエースにふさわしい投手がいると認めたら、チームのために自ら身を引くような気も、確かにします。
    だからこそ、50歳までなどといわず、三浦が衰える前に、出来れば45~6歳くらいまでに200勝、それ以上に優勝を、野手や他の若手たちには三浦にプレゼントしないと。もちろん、管理人さんのおっしゃるとおり、ファンの強烈な後押しも必要ですね。

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