1998年5月17日 対中日7回戦 球団史上最強助っ人に成り損ねたマホームズ


1998年5月17日対中日7回戦
マホームズまた勝てず

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【スタメン批評】
(ベイスターズ)
前日の試合で1番センターとして復帰した波留が再びスタメン
6番畠山7番進藤の並びは93年94年頃のベイスターズを思い出す
先発は勝ち星のないマホームズ
(ドラゴンズ)
ゴメスの離脱で山崎がこの日も4番として起用される
この当時はまだ若手に分類される井上が7番で先発出場
ルーキー川上が先発される
【試合ダイジェスト】
中日ドラゴンズは98年は、ナゴヤドームの日曜の試合では
知る人ぞ知るサンデーユニフォームを着用(非常にダサかった)
この日は日曜日であったため、そのユニフォームを着てのプレーだったが
このユニフォームではここまで全試合負けていた
その負の効果か2回にベイスターズは進藤のタイムリーツーベースで2点を先制
3回にも尚典が5回にローズがタイムリーを打つなどして5回終わって5-0でリードする
いよいよ初勝利かと思われたマホームズだったが、6回裏につかまる
久慈、立浪、山崎と3連打で1点を失うと、権藤はここでマホームズをあきらめる
しかしこれが裏目に出る、2番手関口が神野にタイムリーを浴びると井上のところで
代打で起用された原田にもタイムリーを浴び1点差となり交代
3番手の横山が1番李に逆転スリーランを浴びまさかの1イニング7失点
7回にサムソンを攻めて1点を返すも落合・ソンの盤石のリレーでベイ打線は沈黙
6-7とまさかの逆転負けで横浜は2連敗
マホームズはまた敗戦

★【PLAY BACK98年コラム“あの時、あの星たちは”】
98年5月17日「胴上げに参加できなかった優勝戦士達」
■最強助っ人になりそこねた■
ベイスターズの最強助っ人と言えば、まず間違いなくロバート・ローズでいいだろう
では、投手最強助っ人は誰か?
今のところ、クル-ンもしくはモスコーソというところではないだろうか
しかし私としては歯車がちょっとうまくいけば、最強助っ人に成りえたかも?という助っ人がいる
それが97年、98年とベイスターズに在籍したパット・マホームズ
97年ヤクルト優勝を争ったシーズン途中にベイスターズに入団
8月に来日初勝利をあげ、3連勝した
投球フォームは基本的にはスリクォタ-気味で投げるが
サイドハンドやトルネードなどあらゆる投法を駆使して投げる助っ人投手だった
彼はとにかく、明るくキャラクターでマウンドからベンチに戻るときには
ファールラインを「ひょい」と跨いで帰る
そしてマウンドでは闘志あふれる投球を見せてくれました
ベイ優勝時にまだファンでなかった方に分かってもらえるように喩えるなら
13年に在籍したモーガンのようなタイプだったかもしれない
(まあ、あそこまで強烈でもなかったですが…)

■スクイズ処理と代走マホームズ■

マホームズで圧巻だったのはスクイズ処理
おそらくホエールズ・ベイスターズ歴代通じて
スクイズのフィールディングが上手かった選手はいないだろう
相手がスクイズを仕掛ければ
マウンドから滑り込みようにボールに向かい捕球してすぐに本塁へ送球
スクイズ処理の早さだけは、それから長年プロ野球を見ていてもマホームズ以上はいない
また4月29日対広島5回戦隆初勝利と代走マホームズの記事でも触れたが
自身の足の速さを首脳陣にアピールし代走で出塁したこともある
そんなマホームズだが
1998年のベイスターズ優勝のあの歓喜の胴上げには参加していない
8月にシーズン終了を待たず帰国し、そのまま自由契約となっている
そう、記録にもそしてファンの記憶にも残らないような選手としてベイスターズを去っている
しかし、98年の投球内容は決して悪かったわけではない
5回までなら3失点以内に抑えて試合は作っていた
この日も5回までは無失点の投球を見せている
実は97年も味方の援護がなく勝ち星が付かなかったケースが多くあった
防御率だけを見ると97年は4.82、98年は5.98と悪いがそれは調子の波があったため
立ち上がりが悪いと序盤で平気で4失点とかしてしまうので、通算の防御率では悪いが
決して試合を作れないタイプのダメ助っ人ではなかった
むしろ、マシンガン打線全盛期であればもっと勝ち星を量産しても良かったのだが…

■98年の優勝に貢献した胴上げに参加できなかったメンバー達■
98年のベイスターズには優勝に向けて貢献をした選手はたくさんいる
マシンガン打線のメンバー、大魔神佐々木、島田、五十嵐のリリーフ陣
野村、隆、三浦、川村の先発陣…優勝に大きく貢献した彼らは歓喜の胴上げに参加した
主力を支えた脇役達も優勝には必要不可欠な存在達だ
代打の切り札井上・荒井、左腕のワンポイント河原、関口そして打撃投手から転向した西
控えの万永や川端も第2の捕手としてベンチで待機していた秋元

彼らも胴上げに参加できた
しかしあの胴上げの場面に参加できなかったメンバーの中にも
ベイスターズの勝利に優勝に貢献した選手達がたくさんいた
開幕2戦爆発した助っ人マラべ、ベテランの代打の切り札岸川、そして大家
マホームズもそうだ
彼らだってあの98年の優勝に立派に貢献した選手だ
プロで活躍できるかどうかは、本人の実力だけではなく運やその他の環境も左右する
「ヨーイドンなら50メートル走は琢朗や井上にも負けませんよ、生まれ持った身体能力が素晴らしんです」
身体能力の高さを当時の大谷トレーニングコーチが言う
勝てなかったが、マホームズが春先先発ローテの一角として踏ん張ったことで
斎藤隆は先発に向けてじっくり中継ぎで調整ができた
マホームズはこの後もう一度先発のチャンスが与えられるが好投出来ず2軍に降格する
その翌日に斎藤隆は先発に向けて4イニングをロングリリーフで投げる
ベイスターズが優勝した時に記念で作られてTシャツにはマホームズの名前もある

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確かにマホームズは優勝の戦力だった

【試合結果情報】
対中日7回戦@名古屋ドーム
ベイスターズ6-7ドラゴンズ
勝:遠藤2勝
負:横山2勝1敗
S:ソン2勝8S
観衆:40500人
試合時間:3時間34分

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